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なぜ多くの中小企業が復旧困難に陥るのか。震災を教訓に考えるBCP(事業継続計画)の重要性

■ 被災地、石巻市を訪ねて

東日本大震災から2ヵ月以上が経過しました。そこで先日、宮城県石巻市で水産加工業を営んでいるある企業の社長に会うために現地を訪問しました。

「震災直後と比べると、随分整理されてきたでしょう」

明るい声で説明してくれる社長の話を聞きながらも、被災地周辺はようやく瓦礫の山を整理して車が通行できるようになってきたという程度で、まだまだ“復旧”には程遠い現実を目の当たりにしました。ただただ呆然と立ち尽くす、という表現がぴったり当てはまるような私の表情をみて、彼はこんな話をしてくれました。

「あの日の地震の揺れはこれまでに経験したことがない位の大きな揺れでした。津波警報に慣れがあった我々でも『さすがに今回は危ないだろう』と思い、なるべく高台へ逃げなきゃいけないと家族で避難したんです。TVでご覧になったかも知れませんが、押し寄せてくる津波は想像を遥かに超えたもので、瞬く間に町は波にさらわれてしまいました。

電気は一切点かない、電話も通じない、周りは海に囲まれてしまったような状況のなか、携帯ラジオを持っていた人から、福島の原発が爆発したといったニュースが耳に入ってきました。もう自分たちはダメなんじゃないか、日本もダメなんじゃないか、と真剣に考えたりもしました。そして、ようやく水が引いてくると、今度は残念ながら逃げ遅れた方々の遺体を目にすることになりました…」

逃げ遅れてしまった方々の絶望感を思えば、まだまだやれることがたくさんある、そう考えて前向きに頑張ろうと思っている人が多いからこそ、被災した皆さんは明るく振舞っているんだと思い知らされました。

■ 行政の支援なく、進まない経営再開。なぜリスクマネジメントができていなかったのか

港にあった彼の会社を見に行くと、当然ながらそこも瓦礫の山。付近の地盤も少し沈下しているようで、周辺の業者の方々も、少しずつ出来る範囲で片付け始めている様子でしたが、経営再開に向けての動きもなかなか進まないのが実情のようです。

「このままの地盤の状態で、新たな工場や社屋を建ててしまっても良いのか」

「国、県、市はいったいどんな支援をしてくれるのか」

市役所には復興対策室が立ち上がっているものの、「市の予算の範疇ではどうにもならない」というのが現実です。よって、“国”に動いてもらうべく早急に復興計画を提出しようと動いていますが、その“国”の方は「菅おろし」といった政局絡みの話が蔓延しており、スピーディーに事を運べるような状況にはとても見えません。

こういった状況を話しながら、特に印象的だったのが次の社長のコメントでした。

「水産加工業なんて、港に全ての資産(オフィスや工場等)を置かなくても出来るのに、単に便利だからって理由でそうしちゃってたんだよなぁ。現に、石巻じゃなくて隣の漁港から仕入れているケースもたくさんあるんだから」

まさにこれが、今回のテーマであるBCP(事業継続計画)の視点です。

本来BCPは、リスクマネジメントの視点において必要不可欠な要素のひとつです。しかしながら、リスクマネジメントにおいては、“リスク発生の可能性”と“リスク発生時のインパクト”を見極めた上で、取り組む優先順位と対策(いかに予防するか、いかに発生後のダメージを最小限に食い止めるか)を決定する、という流れになるため、決して発生の可能性が高いといえないクライシスマネジメントの範疇に入るものに関しては、取り組みが遅れているのではないかと思われます。

昨年のチリ地震の際にも津波警報があり、東北地方沿岸の方々にとって津波は大きな脅威であるにも関わらず、BCP的な視点による抜本的な対策がなかなかとられてこなかったのも、この発生の可能性の低さ(そうそう起こるものではないだろうという考え)が前提にあるでしょうし、それは言わば仕方の無いことではないかとも思います。

■ 強い“現場”が機能する日本のリスクマネジメント

一方で、日本企業における“現場”の強さには、目を見張るものがあります。

以前の記事でも取り上げたことのあるディズニーランドでは、TVなどでも取り上げられていたように、あの地震発生後まもなく、お土産ショップのスタッフが商品として陳列してあったぬいぐるみを周辺のお客さまへ、「これで頭を守って下さい」と無料で配布していました。

寒さを防ぐためにと、ショッピング袋等のビニール袋を渡して頭から被るように勧めたり、売り物のお菓子を配ったり、突発的な判断はスタッフ自らが行ない、ひとたび幹部クラスで決定したことは迅速に現場まで伝達される組織力は見事としか言いようがありません。

またいかなる状況においても、慌てずに笑顔を絶やさないスタッフ達の立ち振る舞いは、不安を感じている多くのお客さまを落ち着いて行動させる要因にもなっており、その背景には1年のうち180回もの訓練を実施しているという“備え”があるのです。

携帯電話通信各社の中でも、復旧の早さが取り上げられていたNTTドコモも、年1回はグループ全体で訓練を実施しているということです。昨年10月には、東海地震を想定した訓練をしていたそうで、こういった“備え”がいざというときに差を生むことがわかります。事実、地震からわずか1時間後には、災害対策本部が設置され、現状把握に動き出していく体制が確立していたといいます。

■ サプライチェーンの断絶は致命傷に…。特にBCPを必要とする日本経済の特性

BCPが世界的に注目されたのは、およそ10年前に起きた米国の同時多発テロのときでした。あのワールドトレードセンターが倒壊してしまったわけですが、被災した金融機関のうちの数社は、その数時間後に別の施設でトレーディングなどの主要業務を再開しました。

このような企業に学ばなければならないのは、ワールドトレードセンターが使えなくなるという、なかなかあり得ないような事態でさえも想定し、そういったケースに陥った場合でも早期に復旧させるべき業務の理解と復旧までのプロセスを前もって確立していたという事実です。

東日本大震災では、地震、津波、原発事故、電力不足、放射線と次々に襲い掛かってきた想定外の事態に対応することができず、それが“モノ不足”となって表面化し、ご存知のように社会に大きな不安をもたらしました。

 ・ガソリンの供給体制に問題が起き、多くのスタンドで長蛇の列
 ・ペットボトル容器が不足して、水の買占めが発生
 ・日本たばこでは多くの銘柄が在庫切れ
 ・自動車メーカーや電機メーカー等の生産遅れ

2007年に起きた新潟中越沖地震では、自動車部品のピストンリングで国内シェア50%を誇っていたリケンの柏崎工場が被災し、国内の自動車メーカー全社の生産が一時停止になるという多大な影響を及ぼしました。

日本の産業構造は、大手企業のみならず、中小零細のさまざまな企業がサプライチェーン上で密接につながっています。しかも中小零細規模でありながらも、技術力の高さでは大手に引けを取らないようなレベルの企業もたくさんあります。

今回の震災から、日本で事業を展開するすべての企業がBCPの策定を求められていることが改めて明確になったのではないでしょうか。

■ まずは自社、そして取引先との連携を

我々は、図らずも今回の震災でBCP作成における大切な視点は何か、という基本中の基本に関しては経験することができました。

・災害が起きたとき、速やかに社員の安否を確認しなければならない
・交通機関が停止しているとき、出社可能な社員はどのくらいいるのか
・事業を続けるのに最低限必要な資源は何か
・重要取引先との連絡手段は確立されているか
・そもそも建物(オフィス、工場等)の耐震性能はどの程度なのか

これらの基本部分をベースに、社内の主要メンバーでBCPを作成することは当然で、いざというときのための“備え”になりますし、BCP作成の過程において、“自社の強みの再発見”や“経営改善に向けた新しい視点”などを考えるきっかけにもなるため、様々な副産物が得られるでしょう。

自社のBCPが出来たら、主要な取引先、あるいは地域で連携のとれる企業へと働きかけて、BCPの動きをネットワーク化していくことが大切です。どんな規模の企業であっても、「日本経済を停滞させないため」という気持ちで取り組んでいければ、強い日本として復活できると思いますし、支えてくれた世界の皆さんへの恩返しになるのではないかと信じています。

川原 慎也
株式会社船井総合研究所 上席コンサルタント
経営者・幹部様向け/攻めるPDCAマネジメント・顧客満足度アップ
外資系自動車メーカーにて営業、マーケティングなどを経験したのち、1998年船井総合研究所に入社。年商1兆円以上の大手企業から社員3名の零細企業に至るまで、企業規模や業態を問わず幅広くコンサルティングを行っている。 PDCAを切り口に現場の行動に変化をもたらし、企業を新たな成長のステージへと導くコンサルティングが近年高い評価を獲得。