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今、住宅購入は本当に控えるべきなのか? 東日本大震災後の住宅購入機会を見定める

3月11日に発生した東日本大震災のあまりにも大き過ぎるつめ跡は、1ヵ月を過ぎた今なお、被災地はもとより、わが国全体に多大なる影響を及ぼしている。そんな中、ここ数日来、今後の不動産市況や景況感についての見通しについて質問される機会が増えてきた。昨日も某新聞社の取材を受けたところである。

しかしながら、1000年に一度の地震と言われ、未だその被害の全体像さえはっきりしない今、過去の統計や確率論的な議論を持ち込むことさえ、今回の震災の前にはあまりに無力であり、容易に答えは出ない。また、今この時点で、今後の市場予測を立てることにどれほどの意味があるのか、という意見もあろう。しかし、今後の被災地の復旧から復興、振興に進むプロセスを着実にサポートしていく為にも、私たちは今、冷静に現状を分析し、今後の起こりうるシナリオをオプションとして押さえておく義務があるのではないかと考える。

今回は、本コラム読者層にも特に関心が高いと思われる「住宅購入」という視点から、今後の市場動向を予測してみたい。

■ 震災前までは「買い時」感が醸成されつつあった住宅市場

震災後の混乱の最中、3月17日に国土交通省から2011年の公示地価が発表された。数値は2011年1月1日時点の土地価格を指標化したものである。リーマンショック以降、下落基調が続いているものの、今回初めて東京圏、大阪圏、名古屋圏及び地方圏そろって下落率が縮小した。経済状況の不透明感は未だ残るものの、下落基調からの転換の動きも見られたといえる。

実際、昨年は市場全体に住宅の「買い時」感が高まっていた。続く低金利、過去最大の住宅ローン減税、贈与税非課税枠拡大などの政策効果で、3大都市圏を中心にマンションや戸建ての販売が回復。ここ数年、苦境に立たされていたマンションデベロッパーも都心部を中心に素地取得の動きが再び活発化され始めており、2011年は住宅市場の回復がより鮮明なものになるというのが、大方の予測であった。

■ 不動産の買い控えを引き起こす心理的理由と合理的理由

このような状況下で、発生した今回の震災。マンションデベロッパーや住宅メーカーにとってみれば、年度末決算に向け、最後の追い込みを仕掛けていたタイミングだけに、その影響は大きい。直後、湾岸エリア、超高層マンションなどを中心に、購入申し込みのキャンセルが相次いだ。今のところ供給そのものに大きな変化はないものの、明らかに消費者の住宅購入に対するマインドは低下しつつあると言えよう。今回の震災により、住宅購入や住宅購入の検討そのものを、一旦白紙に戻そうとする動きが起こっているようだ。

あえて購入者の立場から、今、不動産を買い控えるべきであるという根拠を整理してみると大きく次の2つに分類されるといえる。すなわち、心理的理由と合理的理由の2つである。

心理的事由には、震災後の「自粛ムード」といった購入動機の萎縮、更には、心理的不動産保有リスクの高まりが挙げられる。以前この場で「住宅は「持ち家」と「賃貸」どちらがお得!? 経営コンサルタントの視点でみるメリット・デメリット」というテーマでコラムを寄稿させて頂いた。

大変多くの方々にご覧頂いたようで、その記事を読んだ方からも震災後、「やっぱりこのような有事が発生すると賃貸の方がいい。転居しやすいから。」というご意見を頂いた。

まさに賃貸の持つ「好きなタイミングで好きな場所に移り住む事ができるという自由度」というプレミアムが増した結果が反映されたご意見だと言えるだろう。これら心理的理由による買い控えは、住宅購入が人生においても最も大きな買い物の1つであるということを踏まえると、十分に理解できる行動と言えるだろう。

では、もう1つの「合理性」という視点からみて、今は買い控える時期なのかという点について考察してみたい。当然に、今回の地震や津波に対するリスクには十分配慮すること、すなわち、地盤の状態や海抜、建物の耐震性や地震や災害に対する備え等に関する情報を十分に考慮した上で検討することは言うまでもない。その上で、現状、住宅を買い控える行動はどれほど合理的と言えるのであろうか。

■ 土地の価格は再び下落トレンドも、それを上回る建築コスト上昇の可能性

住宅地の価格が単純に需要と供給のバランスで決定されるとするならば、今回の地震、津波の影響で、海抜が低いエリアの需要が減り、高いエリアの需要が増えると予測できる。その増減幅が同じだとすれば、理論的にはマクロの住宅地価も変化しないと言えるが、少なくとも短期的には前述の「心理的要因」による買い控えが強く働き、需要全体が低迷すると言えるであろう。よって、全体的に地価は弱含み、土地の値段は下がる傾向にあるといえる。

そうであるならば、新築不動産の販売価格も下落するのでは?という期待も起こるのだが、そこに供給側の生産コストに関わる問題が立ちはだかる。短期的には住宅建材の不足。中期的には原油価格の高騰である。住宅建材・住宅設備の大手国内メーカーの中には、主力工場を東北に構えている企業も多く、今回の震災によってそれらの工場が壊滅的な状態に陥った。現在でも、例えば、合板、サッシ、断熱窓、ユニットバス等の一部において供給不足がおこっている。

更に、中期的にはリビアを中心とする中東情勢への不安、日本においては夏場の電力不足を火力で凌ぐという観点等から原油価格の高騰が予想される。既に原油先物市場においては価格が上昇し始めている。NY原油WTI相場は、4月14日時点で107ドル/バレル。去年の夏ごろは、1バレル70ドル台であったことを踏まえると、ここ数ヵ月の上昇度合いは大きい。加えて、原発停止による原油価格への影響も少なくない。電力の供給不足を火力によって補う為に、例年以上に原油に対する需要が高まると予想されるからである。その他の資源相場も軒並み急騰傾向にあるが、これらは結果的に建築コストに跳ね返るといえるだろう。

すなわち、中期的には土地価格の多少の下落分は、建築コストの上昇によって吸収され、グロスの販売価格はそれほど下落しないと思われる。(もちろん前回の不動産不況時のように、在庫を一掃するというプロセスの中で一部の不動産の販売価格が大きく下がる可能性は否定できない)

■ 住宅ローン金利は上昇するか

次に住宅ローン金利の今後の動向についても触れてみたい。震災前までの住宅需要を下支えしていたものの1つに低金利が挙げられる。住宅金利は、震災によってどのような影響を受けるのであろうか。その答えは住宅購入を遅らせるというオプションを後押しするものなのだろうか。

住宅ローン金利は、大きく変動金利と固定金利に分類される。変動金利は根源的には日銀の政策金利に連動する。昨年の10月に実質的に復活したゼロ金利政策は、今回の震災により更に長期化することが予想される。つまり日銀もこのタイミングで利上げを行なうことは出来ないと見るのが一般的であろう。そうすると、変動金利については、しばらく急激な上昇はないと見るのが妥当なのではないだろうか。

固定金利については、リスクフリーレート、即ち10年もの国債金利と強い相関がある。こちらについては、現状、資金の流れが国債などの安全資産に向かっている為、どちらかというと金利は下がる傾向にあると思われるが、個人的には既にマーケットはこれらの日銀による大量の流動性供給は織り込み済みであって、これ以上大きくは下がらないと見ている。

逆に、注意しなければならないのは、赤字国債の増発による財政状況の更なる悪化、または一部とり沙汰されている「日銀による国債の直接引き受け」などが実現されてしまうことによって、日本国債の信用力が落ち、金利が上昇するというシナリオだ。

以上のことから、金利動向については、固定金利については中期的な視点で多少の注意が必要であるが、変動金利については、これまでとほぼ変わらない状況がしばらくは続くものと思われる。

■ マンションデベロッパーや住宅メーカーのクレジットリスクは高まるか

最後に、マンションデベロッパーや住宅メーカーの信用リスクについても触れておきたい。阪神淡路大震災時には、復興特需ともいえる建替需要やリフォーム需要が一気に集中し、この年のハウスメーカーやデベロッパー、ビルダーはかなり業績を伸ばしたという事実もある。

しかし今回の場合、地震に加え、津波の被害が甚大であったため、その被害規模や再建のために求められるシナリオづくりの規模は、阪神淡路大震災とは比べ物にならない。今回の震災後の上場企業の株価動向を見てみるとマーケットの理解も同様であることがわかる。すなわち、震災直後、全ての銘柄で株価は急落したものの、建設・工事セクター及び住設・建設資材セクターについてはその後、日経平均の水準を大きく上回る上昇率で回復している。結果的には既に、震災前を越える株価をつけつつある。一方で、不動産開発・流通セクターを見ると、未だに株価は回復していない。

デベロッパーや不動産会社は、消費者の震災後の不動産購入ニーズの減少等により、今後、業績が悪化するというのが今現在のマーケットの見方といえるであろう。

付け加えるならば、マンションデベロッパーや分譲戸建メーカーの中で既に土地を購入し、プロジェクトを進めつつあった案件のうち、資材供給の遅れ等により工期が延長される、またはプロジェクトそのものが中止になるというイベントが起こった場合、一部中小企業において資金繰りの問題が顕在化される可能性もあると見ている。業界大手であれば、まず大きな問題はないといえるが、売主の信用リスクは、ある程度確認していた方が良いといえるだろう。

以上、今、住宅購入を買い控える行動が合理的か否かについて(1)住宅価格、(2)住宅ローン金利、(3)売主の信用リスク、という3つの観点から震災後の影響について分析してみた。結果、いくつかの視点については多少の注意が必要ではあるが、これらの観点から今、買い控えを起こす合理的な理由はあまり見つからないといえるであろう。

現状は、このような合理的理由を、心理的理由が圧倒的に上回っており、需要そのものが停滞している状態と言えるが、「今、待機したほうが、近い将来、圧倒的に良い物件を安価で取得できる」というストーリーは、今のところ描きにくいと見ている。

景気を早期に回復させ、被災地の復興、振興支援を確実なものにする為にも、私たちは今こそ、客観的かつ冷静な判断で、経済を円滑に循環させる必要・義務があると考える。今回のコラムが、その為の1つのヒントになれば幸いである。