毎年、英国で開催される国際ガーデニング展・チェルシー・フラワーショー(エリザベス女王が総裁)にて、史上初の2006年から2008年の3年連続ゴールドメダル受賞の快挙を達成した石原和幸氏。今年も5月のチェルシー・フラワーショーに続いて7月のシンガポールガーデンフェスティバル、これらと並行して長崎のハウステンボスの再生、宮古島のプロデュースなど、休む暇なく日本全国、そして世界を駆け巡っている。これまでも何度か船井総研の「富裕層ビジネス研究会」で、石原氏とお話させて頂いたが、「緑が人を幸せにし、世界をも平和にする最も有効な手段」と言い切る石原氏の声には力がみなぎり、その言葉への不安、迷いは片鱗も見られない。石原氏に同氏の生き方と、ビジネス成功の秘訣を伺った。
(聞き手/小林昇太郎、撮影/蛭間勇介)
■ 本当に会いたい人には直球で会いに行くことが大切
――今年の「チェルシー・フラワーショー」では、エリザベス女王とも握手され、海外のニュース番組では「エリザベス女王に慰められる男」として一躍有名にもなられましたが、過去3回ゴールドメダルを獲得された「チェルシー・フラワーショー」との出合いを教えてください。
20代のときに会社を辞めて、花に人生を賭けようと思った。失敗した時、原点に戻り、「やっぱり、僕は花が好きだよなぁ」と改めて思った。それじゃあ「世界一って、誰が決めるの?」「エリちゃんじゃないか!」と思って、(英国の)エリザベス女王に40代の時に電話をしたのがきっかけ。
当然、通じるとは思っていなかったけど、その時の行動をみんな見ているじゃないですか。電話は通じなかったけれど、その結果、英国王立園芸協会に出合い、「チェルシー・フラワーショー」に参加する事ができた。そして、今年はあのエリザベス女王が、「あなたは、お庭の魔術師ね。また来年もお待ちしております。」と握手してくれたんですよ。
■ 日本の文化を大切にしながら、「突き抜けていること」を徹底的に伸ばす
――作品を作られる際に、何か大切にしている事はありますか?
僕は「日本の原風景」にこだわると決めています。そして、チェルシーでは、「日本という文化」を伝えていきたい。
僕は、原爆被爆者二世で爆心地の近くに家があって、けれども谷間の町だったから爆風から逃れることができた。「火垂るの墓」って映画あるでしょ、僕らが小学生のときは、あんなもんじゃないくらい蛍が飛んでいたわけですね。また赤とんぼがたくさん飛んでいたり、夕焼けに反射して銀色になったり。小さな村ですけど、そこに住む人たちは、みんなものすごく仲良くて。それが、団地ができて、あっという間になくなった。
「あの時の人間関係」とか、「あの時の自然」とか、「あの時の元気やった親父」とか、それが本当に僕の宝物だったから、「あの時の世界」をとにかく世界中に造りたいと思った。そうすると、絶対、「人間が仲良くなる」と思うんですよ。それが僕の原点であり、永遠のテーマであり、毎年チェルシーで表現している事です。そこに、こだわり続けたい。
それと、もう1つは「突き抜けること」の大切さ。僕は、BBCやタイムス紙でも、モスマン(コケ男)として取り上げられた事があるんだけど、イギリスでは、モス(コケ)は芝生に生えると、お金をかけてでも排除するゴミみたいなものだった。僕は、そのコケを使って構造物を造ったから、すごくインパクトがあったのだと思う。これってビジネスでも同じだと思う。つまり、突き抜けている「一芸」が重要。自分の企業は、何が一番得意なのか。そこを伸ばすことが武器になると思う。
――なるほど。「原点回帰」と「一芸」、この2点は「虚弱化しつつある日本」にとっても、キーワードとなりそうですね。
■ 地球の生態系をも捉えた上でビジネスを考える
僕にとって、ビジネスにおける「原点」とは、会社にしても、社会にしても中心は「ヒト」だと思うので、「ヒト」に必要とされる、世の中に必要とされる人間になること。そして、日本人は日本の文化を語る、発信するからこそ、世界に打って出られると思うけど、それをみんなは忘れているのではないかなと思う。
――ビジネスで大事なことは何ですか?
当然お金儲けも大事だけど、何で自分が今ここに立っていられるのかを考えると、例えば、カンボジアのマングローブの森があるからだという事に至る。ガーデニングをするにも、東南アジアから安い建材を買ってきたり、バーベキューをするにも、炭を買ってきたり、僕たちが今の贅沢な生活を送れるのも、あのエリアがあるからだと。けれども、ものすごく酸素を出しているマングローブの森を僕らが壊しているという事実もある。
そういう流れを知らずして、お金儲けだけに走ると誰もついてこない。「あなたは、地球にどのように貢献しているのか?」「地球に、どのような害を及ぼしているのか?」それらを考えることが、これからのビジネスの勝負のキーを掴むことになると思っています。
――同感です。目先の利益を追求するのではなく、地球全体の、例えば「生態系」を踏まえた上で、どう地球に貢献ができるのかと言う事を考えてビジネスを営む事が、今後一層必要となってくるでしょうし、そこに大きなビジネスチャンスがあると言う事ですね。
■ 生態系を見える化し、市場に訴える
ええ、水がビジネスになる時代ですからね。先日、水俣に行ってきましたが、行く前は水俣って汚染されているイメージがあったんですね。実際行ってみると、ものすごく自然が豊かで、そこには絶滅危惧種であるクマタカがいるんですよ。生態系がしっかりしている証拠ですね。山があり、ものすごく綺麗な源流が湧き出していて、湧き水が流れる棚田があって、ものすごく旨い米が採れるんですよ。
なのに、全く観光に活かされていないもんだから、市役所に言いに行ったんですよ。そしたら、いきなり水俣市長から「水俣みどりの大使」に任命されちゃいましてね。今、提言をしているところです。
――「生態系」という視点から全体を見ると、命を吹き込むというか、循環しているものが見えてくる。それを、意識的に世間に見せていくことが、これからのビジネスにも効果的ではないかと思います。
実は先日、極東の「タイガの森(タイガ=森)」を守ろうと活動されている方とお会いしました。タイガの森にはトラが生息しており、重量級の鹿もいる。森には、アムール川が流れ、それが日本海に豊富な栄養分を運び、海で暮らす魚の良い漁場になっている。それを日本人が食するという生態系ができているという話です。
ところが、その森が人間の手により、どんどん伐採され、破壊されている。そして、タイガの森に住む生態系が崩れつつある。これから、環境保護をテーマにしたとき、「生態系を見える化」し、何がどのように影響するのか、全体の絵を理解してもらうことも大切だと思っています。
■ 生態系を守るためには志だけではダメ。ビジネスとのシンクロが重要
その話を具現化する為に、例えば、僕だったらトラにクローズアップしますね。生態系を守るのも人間なので、絶対にお金が必要なんですよ。志だけでは残念ながらダメで。
例えば、「とらや」って言う和菓子屋さんがあるじゃないですか。僕なら、そこに提案に行きますね。思い付きのアイディアなので、僕は「とらや」の社長さんも知らないですよ。けれども、あの「とらや」の和菓子屋さんが、アムールのトラを守っているという広告って素敵じゃないですか。アムールのトラは、草食動物を食べている。そして、その草食動物が生きていく為には森が必要なんだと。だけど、この森がなくなってきている。
だから、「とらや」さんは、この森を守るために、お金を出して森を造る。結果的に、トラを守ることによって「とらや」さんが、トラの絵を使い続けることができる。例えばね、そういう風に、具現化していかなければならないと思う。「とらや」さんが、タイガの森のトラを広告に使うことによって、消費者が羊羹を買う度にアムールのトラの餌が増えていくという形を企業の取り組みから消費者に伝染させていく。
――それは面白いアイディアですね。ロシアでは、近くトラサミットも開かれるようですが、「とらや」さんには、今度、提案に行きましょう。さて、HISの澤田さんと、長崎ハウステンボスの再生をされているそうですが、どのように再生しようとされているのですか?
ハウステンボスの原点は、花だと思う。そして自然。あそこで、絶滅の危機に瀕しているハヤブサ(時速400キロで飛ぶ猛禽類)が巣を作っているのは、潤沢な生態系ができているから。それは、創業者の方が造ってきたものであり、ものすごく魅力的な武器だと思っている。見た目だけの「オランダ」ではなくて、あの自然が武器。だけど、入ると結構、木がなくて暑い。ハウステンボスは、「森の家」という意味があるように、もっともっと植樹して、森にして、木陰を作っていくと、癒しを求めて木陰でゆっくりされる方が増えてくる。これも1つの武器じゃないかと思います。
■ 成功の原点は、ネットワークの拡大と信頼の醸成
――この10月にハウステンボスで開催される「ガーデニングワールドカップ2010ナガサキ」の為に、世界中からトップガーデナーを集められたそうですね。
チェルシーで知り合ったガーデナー仲間達との絆が深まり、今回、僕がWorld landscape Networkを立ち上げたのですが、このネットワークは9ヵ国13名のトップガーデナー達と、「誰かが困っていたら、各国の文化を持ち寄って、ボランティアで、みんなで集まろうよ」というもの。言葉は通じなくても、僕らは作品で通じあって、お互いを共有しているんですね。
そして、その第1弾がハウステンボスであり、今回のテーマである「平和」を力を合わせて創り上げて行こうというもの。人は、花や緑の中にいると喧嘩にはならないから。次はカンボジアにトロピカルガーデンを造って、村に寄付したいなぁと考えています。「誰かが困っていたら、みんなで集まる」この絆ができたことが、何より、僕は嬉しい。
――石原さんが考える「ビジネスの成功」に必要なことは何でしょう?
ヒトが触れ合う(出会う)ところに、付加価値が生まれる。自分でも想像が付かなかったことが起こってくる。これがビジネスの成功にもつながると思っています。そして、わくわくして生活ができるようになる。それが、その人の価値であったり、人生の財産だったりするんじゃないかなぁと思います。
例えば、花セラピストである青山克子さんとは、船井総研の富裕層ビジネス研究会で知り合い、花という共通事項と、彼女の仕事に対する姿勢や価値観に共感し、仲良くなり、「青山さんは、やっぱり青山でお店を持つべきだよ」と、この場所をお貸しし、協業するに至っています。
――私自身、富裕層ビジネス研究会を通して人と人を結びつけ、そこから新たな付加価値を生む場として活性化させていきたいと思っています。また近く、研究会で、石原さんのお話をお伺いする日を楽しみにしております。本日は、ありがとうございました。
●インタビュー後記●
今回のインタビュー会場となった石原さんのお店、青山の「風花東京(かざはな)」は、そこでの緑を近所にも伝染させ、その輪を広げている。このことは、都内の一角で、あるべき生態系を造り上げているようにも見える。
「家庭」とは「家」と「庭」の両方があって、そこに会話が生まれ、本当の意味での「家庭」になる。そこから、自分の家で咲いた花をお隣に差し上げたり、お返しに魚をいただいたりと言った「オーガニックな人間関係」が生まれ、これこそが「日本の文化」の原点だとおっしゃる石原さんから、ビジネス成功の秘訣に留まらず、日本人が大切にしなければならない価値、また、日本のブランドを向上させていくための強みとは何かを再確認させていただいた。
ここ数年、日本だけでなく世界が混沌としているせいだろうか、「緑が世界の多くの対立要件を解消し、人々を幸せにする」という揺るぎない信念の中で東奔西走する石原氏に、幕末の日本で活躍した志士を見る想いがした。