今回は、富裕層マーケティングの最前線事例として、ショパールジャパンをご紹介したい。
■ 日本売上が対前年比2桁アップ! 不況に強いショパールのブランド戦略
ショパールは今年創業150周年を迎える。1860年、最高品質の時計製作を目的に、ルイ‐ユリス・ショパールによりスイスで創業された。現在では宝飾時計の分野のみならず、自社ムーブメントの開発からジュエリー、香水など、世界中のセレブから愛されるトップブランドである。スイスの時計とドイツの宝飾細工の技術を活かした、「ハッピーダイヤモンド」をはじめとするジュエリーウォッチを世に送り出してきたことでも知られている。
ショパールが世界中の富裕層に愛されている理由は、この様な名作を提供し続けてきたことはもちろん、顧客1人1人を大切にし、長い歴史的背景を経て培ってきた文化・芸術としてブランドを育んできたからであろう。
2009年、経済不況の影響から世界的にも有名なハイブランドの多くが業績を落とす中、ショパールは、日本での売上が対前年比2桁アップを達成した。こういった結果からも、長年に渡って培ってきたショパールの富裕層マーケティングの今を知ることは、今後の富裕層ビジネスを考えていく上でも参考になると考える。
今回は、“富裕層マーケティング=個人マーケティング”と考えるショパールジャパンの高橋新社長から、富裕層ビジネスについての真髄を伺った。
■ 海外と日本で決定的に異なる価値観。ブランドに高い価値を示す海外の富裕層
「海外の富裕層は、日本の富裕層に比べてはるかに消費水準が高い――」
学生時代を欧米で過ごした高橋氏は、同じ留学生という立場でありながら、欧州の貴族をはじめ中東・東南アジアの大財閥の子息である彼ら富裕層の桁外れな金銭感覚や生活文化の違いに衝撃を受けた。
「海外の富裕層と日本の富裕層では、異なる価値観が存在する」と高橋氏は言う。
それは、ブランドに対する価値の据え方とそれにかける金銭的価値観が異なることである。海外富裕層の多くは、ブランド品に対して「高価な物を所有する」ということだけに価値を置かず、芸術・文化の集合体として価値を見出している。そのため、気に入ったブランドを育てたいという意識が強く働き、ブランドに対しての投資水準も高い。
中にはブランドメーカーに対して、自分に合ったオリジナルの装飾品を発注する富裕層も存在している。富裕層がオートクチュールで職人や生産者に多額の資金を投資することで芸術的文化が継承され、その価値は絶えず高まり続けているのである。また、そうした芸術・文化の継続的な発展は、現代日本ではなかなか見られない多くの富裕層のソサイエティをも形成していく。
例えば、ショパールではカンヌ国際映画祭のオフィシャル・パートナーとして同映画祭の最優秀作品賞(パルムドール)のトロフィーを制作している。このカンヌ国際映画祭も、そうしたソサエティの一つであり、そこに集まる富裕層は資産家であることはもちろん、芸術への感度が高く、立ち振る舞いや価値観といったものも非常に洗練されている人々が集まっているといえよう。
■ ブランド(芸術・文化)を育てた「パトロン」
欧州をはじめとする王侯貴族文化では、芸術を保護する(パトロナージュ)者としてパトロンという立場が生まれた。パトロンとは自身の多大な資産と研ぎ澄まされた審美眼を持ち、自身の知的満足を満たすために作品の制作を促し、芸術家の生活や精神面を支援する存在であった。パトロンは芸術家にとって作品の最大の理解者であり、このような芸術家とパトロンの密接な関係がなければ文化の発展・向上は成しえなかったと言える。
かつて日本においても皇族・貴族および大名などの武家を中心にパトロン文化が存在し、茶の湯、能楽などの芸能や多くの国宝級の文化財を生み出すに至った。しかし、明治維新による階級制度の廃止、更には第二次大戦後の財閥解体などの資本分散により中流階層が著しく増えることで、このようなパトロン文化は姿を消してしまった。日本の魅力を世界に伝えるためにも今一度、こういった環境を見直す必要もあると考えられる。
■ ハイジュエリーの購買意欲が低い日本の富裕層
海外の富裕層に比べ1,000万円以上のハイジュエリーの購買に課題を抱える日本。実際、某有名ブランドでもハイジュエリーの購買は年間で20~30件にとどまるという。更に日本の富裕層の特徴を表すような逸話があるので紹介したい。
以前、大手企業社長夫人を含め、多数の資産家達を集めた有名ブランドのカクテルパーティ。名立たる企業の方々であり、ハイジュエリーを購入する経済力を十分持っている。しかし、ハイジュエリーを購入するという考えよりはむしろ、自身のお小遣いで楽しみながら購入が可能な50万円ほどのジュエリーへの興味が高かったようだ。経済力のある富裕層にすら、ハイジュエリーの真の価値がまだ日本では伝わっていないと思われる。
これはブランド品を「芸術・文化」としてではなく、「単なる物」として捉えがちな文化が、日本の富裕層に対してこの様な行動を促しているのではないだろうか。
しかし、日本の富裕層がハイジュエリーの購買意欲が低いのには他にも原因があると高橋氏は指摘する。
欧州をはじめとする海外には王侯貴族の文化が現在まで脈々と続いており、王侯貴族・富裕層の様々なソサエティが存在している。この様なソサエティには資産を有しているだけで参加することは難しい。文化や芸能に精通し、富裕層としての立ち振る舞いや、たしなみが求められ、更には語学力をも含めたコミュニケーション能力も必要となってくるからである。
海外の富裕層はこの様なソサエティにブランドの装飾品を身に付けて参加するのである。したがって、身に付けているブランド品に対しては物としての価値だけでなく、身に付けている人に合っているかどうか、芸術として素晴らしいかなど、感性を問われることも非常に多い。
日本にはこの様なソサエティがまだ殆ど存在していない。せっかくブランド品を購入しても、それを身に付けて出席する場が無いのである。当然ながら、身に付けた装飾品を品評することが出来ず、結果として芸術を結集したハイジュエリーに対する価値を見出せない富裕層が日本にはまだ多数存在すると考えられる。
また、日本の富裕層ソサエティが発展途中のなか、日本の富裕層のコミュニケーション力や芸術に関する感性を育む環境が海外に比べて成熟しておらず、それが海外の富裕層と日本の富裕層では異なった価値観を生じさせる原因の一つではないかと高橋氏は危惧している。
■ ショパールジャパンが目指す富裕層を取り込む3つの戦略
ショパールのオーナーであるショイフレ一族は自身も富裕層であり、世界中の様々な国の富裕層と交流している。その一族の中に自らセールスウーマンとして、各国の富裕層ソサエティに参加し、ショパールのハイジュエリーを売り込んでいるご令嬢がいる。
ショパールブランドは各国の富裕層に人気ということもあり、ハイジュエリーも飛ぶように売れるそうである。そんな彼女でも、ハイジュエリーの販売について難しさを実感しているのが日本の市場。昨対2桁アップの売上を達成したとはいえ、まだまだ海外のように、ハイジュエリーの浸透が行き届いていないことは事実である。
こういった現状の中、ショパールジャパンでは富裕層を取り込むために以下に述べる3つの戦略を打ち立てている。
【戦略1】
アクセサリーとしてのブランドから資産としてのブランドへ
~日本の富裕層を取り込むブランドの異なる価値への訴求~
海外の富裕層は、宝石や貴金属を資産防衛の手段の一つとして考えている。特に永らく国家を持たず欧州をはじめ世界各国で生活しているユダヤ系民族や、国家から離れて他国で活動する華僑などは、行く先々での国の政変や迫害などによって自らの資産を常に危険に晒してきた。そのため、有事の際でも身に付けて運び出すことが出来き、現金化が容易なジュエリーや貴金属類を資産として蓄えていたのである。
例えば、ダイヤモンドに関しては、カラットが大きく良いものは価格の変動も少なく、安定しており、価値が下がりにくい。アメリカでは既にいつでも個人売買できる市場が形成されており、ダイヤモンド市場がINDEXとなって表せる状態にある。
この様に海外ではダイヤモンドを投資対象として認識している富裕層も多い。贅沢品の購入に躊躇しがちな日本の富裕層にとって資産としてダイヤモンドを購入するのであれば受け入れやすいのではないかと高橋氏は考えている。
【戦略2】
日本独自のショパールブランドづくり
近年、中国人富裕層が銀座などを訪れ、多くのブランド品を購入している。ブランド店の中には売上の多くが中国はじめ、海外からの富裕層に拠るところも多い。高橋氏は海外の顧客からよくこんな質問を受ける。「日本でしか買えないものは何か?」
世界のどこでも購入できるような、ありきたりの商品は、彼らにとって興味の対象ではない。日本を訪れる海外の富裕層の多くは、日本に何かしらの特異な価値を感じている。例えば、彼らは日本の歴史や芸術・文化に興味を持ち、日本人の持つ知識以上に造詣が深いことも多々ある。
このように、来日した外国人富裕層の多くは、世界各国に展開するブランドの中から、日本の独自性や日本でしか入手できない商品を求めていることが多い。
【戦略3】
海外富裕層と対等にコミュニケーションできる
日本の富裕層の発掘と育成
海外の富裕層は長い歴史の中で王侯貴族文化を継承する多くのソサエティを形成しており、その中で芸術・文化への洗練した感性を研ぎ澄ましている。この様なソサエティが育まれていない日本において彼らと同じ感性と価値観を持ち、コミュニケーションを取ることは難しい。実際に、先ほど触れたカンヌ国際映画祭といった多くの外国人富裕層が参加するソサエティでも、日本人富裕層の参加はごくわずかだという。
日本の富裕層が海外の富裕層と対等にコミュニケーションを取るには資産の大小だけでなく、この様な芸術・文化への感性を身に付けることが必須であるといえる。
まずは、多くの日本の富裕層が自国の芸術や文化にこれまで以上の関心を抱き、それらに対する価値を見出すこと=パトロナージュの精神を持つことが第一歩ではないだろうか。そうした考えが、自国の芸術・文化を守り続けるだけではなく、更なる発展へも繋がる。
その結果、グローバルなソサエティが形成され、日本人富裕層のブランドに対する価値を高めること、そして日本の芸術・文化水準の高さを海外に発信することにもつながり、世界の富裕層と対等なコミュニケートが図れるのではないかと高橋氏は考えている。
■ ショパールジャパンの担当者に大きく依存する販売体制
ブランドを売るというのは単に「物を販売する」のではなく、それに付随するサービスや付加価値を含めて販売しているのだと高橋氏は指摘する。そのためショパールジャパンに限らず、ブランドを展開する店舗では、担当者によって売上が大きく変わってくるという。
したがって、当然のことながら目に見えないサービスは担当者の対応や心遣いに大きく左右される。実際、高橋氏はブランド商品の販売に留まらず、顧客へのコンシェルジュサービスに近い価値までを提供し続けている。
以前、シンガポールから来日した顧客が、日本のお勧めの観光スポットはどこかと高橋氏に尋ねたという。このときに、特に有名ではないが、ホタルを見ることができる静かな温泉宿を勧めたという。ここまでは、一般的な対応であると言える。
しかし、高橋氏の対応はこれだけに留まらない。事前に、その温泉宿の女将と打ち合わせをし、誰にサービスを担当させるか、どのタイミングで挨拶に訪れるかなど綿密な打ち合わせをし、配慮したそうである。もちろん、その顧客にとって忘れられない思い出となったことは言うまでも無い。
このように、ブランドを販売する担当者はジュエリーなどの物としての価値以上のサービスによる付加価値を提供することが求められる。だからこそ、ブランドの売上は担当者次第で大きく変動すると言っても過言ではない。
■ 日本の富裕層に対するブランドへの魅力づくり
2010年、ショパールは創業150周年を迎える。ショパールでは、これを記念し、地球環境・自然をテーマに150体の動物をモチーフにしたコレクションを制作している。そして制作されたコレクションの一部が、今月(3月)開催されるスイス・バーゼルフェア2010での発表前、特別に日本にて公開された(2月17日(水)~22日(月) 日本橋三越本店 本館7階 催物会場)。
このことは、ショパールの日本の富裕層への期待感の表れではないかと考えられる。前述したように日本では世界に比べ、ハイジュエリーの購入額は低い。逆の発想で捉えるならば、日本の富裕層マーケットはまだまだ未成熟であり、今後伸びる余地が多いにあるということに他ならない。
ショパールの取り組みにも見られる様に、富裕層に対して商品やサービスを提供することだけを考えるのではなく、富裕層がそれらの商品やサービスに対して価値を見出すことが出来る環境を整え、個々の決め細やかな対応を出来る人材を社内に育成することも、富裕層ビジネスを成功させるための重要な要因となるのではないだろうか。
そして、このことは富裕層ビジネスに限らず、商品、サービスがなかなか売れにくい昨今、より顧客の視点に立つべき多くのビジネスの現場において、多少なりとも参考になることもあると考える。