前回、『新規マンション開発に代わり、“魅力的な事業”へ!「不動産管理ビジネス」に高まる期待と将来性』というテーマで、
新規マンション開発に代わり、注目を浴びつつある「マンション管理ビジネス」のビジネスチャンスとその有望性について取り上げた。
決してメジャーな業界とは言えないまでも、
賃貸、分譲マンションにお住まいの読者の皆様にとってみれば、
顧客として極めて身近に体感されているビジネスの1つであり、
様々な方々から多くの反響があった。
そんな中、「今後、分譲マンション開発のマーケットはどうなるのか?」という素朴かつ、
将来マンションの購入を検討される読者にとってみれば切実な質問を頂いた。
今回は、そのご質問にお答えする形で「分譲マンション開発市場」の業界及びビジネスモデルの構造と、
それを踏まえた今後の展望について紐解いてみたい。
■ 供給低迷が続く市場環境。再び需要は拡大し、供給は増加するのか
まず、マクロ的な視点から分譲マンション市場について見てみたい。
言うまでもなく分譲マンションの供給は他の住宅開発と同様、景気の動向に大きな影響を受ける。
さらに特徴的な点を挙げるとすれば、景気の動向に遅行することが指摘できる。
一般的にマンション開発は用地仕入れから販売まで2~3年程度かかる場合が多い。
よってタイムリーに市況の予想や動向に応じた開発が困難であり、結果、景気サイクルが悪化し、
需要が減退しても供給を絞りきれず市況が大きく崩れる可能性が高い。
その場合、不良在庫を抱える業者は資金繰りの点から物件を安値で処分することとなり、
さらにこのような在庫処分が一巡すれば、供給の不足感から再び市況が回復に向かうというサイクルが生まれるのである。
実際、国土交通省総合政策局が毎月発表している「建築着工統計」からみる分譲マンションの着工戸数の動向と、
景気の動向を見る上で有益な内閣府発表のCI(コンポジット・インデックス)の遅行指数とを比較すると、ほぼその動きは一致する。
一点、2007年7月から9月においてのみCI遅行指数の動きとかけ離れた着工戸数の急激な落ち込みが起きているが、
それは、2007年の建築基準法の改正により建築審査基準が強化されたことによる審査遅れという特殊事情によるところが大きい。
グラフを見ればわかるとおり、上記2007年の建築基準法の改正による特殊事情を除けば、
2008年半ば頃までは月による多少の変動はあるにせよ、
概ね年間ベースで20万戸前後の水準で供給戸数が安定していたといえる。
しかし2008年後半以降の落ち込みは激しく、底を脱した後も回復の勢いは乏しい。
それまでの水準の半分にも満たない状況である。
このような市況の悪化を受け、2009年にはマンション分譲大手の日本綜合地所や穴吹工務店が破綻、
首都圏を中心とする中堅・中小のデベロッパーも次々に倒産した。
このような結果に至る背景には、CIの動きからもわかるとおり、第一にわが国の長期にわたる景気低迷によるところが大きい。
またよく言われるように、マクロ需要の構造的な問題、すなわち人口減少、世帯数の伸び率低下、
ライフスタイルの変化による持家思考の低下などを抱えており、その例を挙げれば枚挙に暇がない。
しかし根本的に、このようなディマンドサイド(需要側)の事情だけでは、過去のトレンドとは異なる、
これほどの急激かつ長期の落ち込みを十分に説明できないのではないだろうか。
筆者はむしろサプライサイド(供給側)の事情が、今回の低迷を決定づけさせているのだと考えている。
よって、今後、過去のような潤沢な供給へと繋がるか否かの肝は、売り手であるマンションディベロッパー業界の動向、
またその業界を取り巻く環境の変化に拠るところが大きいと思われる。
■ マンションディベロッパー業界は「市場分散型」。競争環境が極めて厳しいマーケット
マンションディベロッパー業界は、他の住宅業界と同様に極めて市場分散型の業界といえる。
参入障壁が低く、規模の経済性の追求が困難であり、
販売戸数において業界トップに位置づけられる大京や三井不動産レジデンシャルでさえ、
そのシェアは5%~6%程度である。
業界をとりまく競争環境も極めて厳しく、各社とも他社との差別化要素を創造すべく、日々しのぎを削っている。
業界内の差別化戦略の方向性の見方の1つとして、
平均単価と棚卸資産回転率の関係性からみた「高回転型商品事業モデル」と「高付加価値型商品事業モデル」に分類する事ができる。
本市場における主要企業の内、2010年度におけるマンションの販売戸数及び販売額、
さらに棚卸資産回転率の開示のある11社のマンションディベロッパーをプロットした図が以下の図である。
平均単価を比較すると、2500万円から5000万円の間で推移しており、価格の幅が広いことが分かる。
ただし、個社別では傾向値があり、個社毎に得意とする立地や価格帯があることが示唆される。
また、各社の棚卸資産回転率を比較すると、マンション単価の低い企業ほど棚卸資産回転率が高い傾向にある。
このことから、ゴールドクレスト、野村不動産ホールディングス、住友不動産のように価格帯を高く設定し、
1戸に対して長期間着手する「高付加価値型商品モデル」と、
アーネストワン、東急不動産、すてきナイスグループのように価格帯を低く設定し着手期間も短時間に抑える「高回転型商品モデル」の戦略が存在することが分かる(但し、棚卸回転率はマンション分譲以外にも戸建分譲事業等も対象として含む)。
しかしながらこのような商品による差別化の余地は、それほど多く残ってはいない。
また商品コンセプトや仕様内容は、各社とも模倣が容易であり、持続的な競争優位の源泉にはなりにくい。
■ マンションディベロッパー業界は参入障壁が低い“ファイナンス事業”!?
あらためて市場の競争環境を、厳しくさせている要因を整理すると、
その背景には、業界における参入障壁の低さが挙げられる。
この低い参入障壁は、マンション開発事業におけるその特徴的なビジネスモデルに起因する。
マンション開発事業には、主に、「用地の調達」、「マンションの企画」、「建設」、「販売」の4つの段階とさらにアフターサービスの位置づけとして「管理」が存在する。
このようなバリューチェーンの構造でモデルを分解すると、その多くがアウトソーシングで賄える事業構造であることがわかる。
建設業務は設計事務所やゼネコンに、また販売は販売代理会社、管理はグループ内であるケースが多いとはいえ管理会社に全て外部委託可能なため、
ディベロッパーの多くは実際には企画業務のみを主体とするケースも少なくない。よって参入障壁も低くなる。
またこのような事業モデルである以上、当然に根本的な差別化の要因は限られてくる。
すなわち、[1]用地の確保能力、及び、[2]資金調達力(ファイナンス力)の2つである。
前者では、好立地の用地情報の迅速な収集や独自の用地確保が、後者では潤沢な自己資金や強い信用力による資金調達能力が、競争において優位に働く。
ここで特に筆者が注目するのは[2]のファイナンス力である。
マンション開発事業においては、当然にプロジェクト単位で決して少なくはない資金を必要とする。
前述の通りマンション開発事業は、用地仕入れから販売までは2~3年のタイムラグが発生するため、
ディベロッパーからみればキャッシュのアウトフローが先に発生し、インフローはかなり後に生まれる。
よって、用地の仕入れ段階から金融機関によるファイナンスを必要とするケースがほとんどであり、
その意味において金融機関の貸出姿勢によって、事業そのものの実現可能性が大きく左右される。
歴史を振り返れば、バブル経済絶頂の1990年3月に当時の大蔵省から、
行き過ぎた不動産価格の高騰を沈静化させることを目的に、
金融機関に対して不動産向け融資の抑制を促す通達、いわゆる総量規制が発動された。
結果的には周知の通り、この通達は当時の日本経済に対して予想をはるかに超える大きな打撃を与え、
急激なバブル崩壊をもたらした一因といわれている。
リーマンショック以降のマンションディベロッパー業界の状況を見ていると、
お上からの明確な総量規制の発動はなされていないものの、
事実上、それを想像させるような金融機関の不動産業種に対する急激な資金の引き締めが、いたる所に見受けられた。
一部指摘もあるように、2008年~2009年にかけて、前年度最高益をあげていた上場不動産ディベロッパーがその翌年、
突然の倒産に至るという事例が相次いだ事情の背景には、単なる販売不振という以上に、
ファイナンスの失敗による資金繰りのつまずきが大きいと思われる。
つまり、語弊を恐れずにいうならば、マンション分譲事業とは不動産事業でありながら、
その本質はファイナンス事業である。こうした側面が多分にあるといえる。
■ 今後、供給はどこまで回復するか。マンションディベロッパーの生き残る道は!?
以上の市場の動向、業界の動向を踏まえて今後のマンション供給の予測、
またマンションディベロッパーの新たな生き残り策について検討してみたい。
まず、マンション供給の水準であるが、これまで見てきたように、
供給戸数のボリュームは金融機関の不動産業種に対する貸出姿勢に大きな影響を受けるといえる。
2008年以降の急激な冷え込みから比べれば多少の改善は見られるものの、
まだまだその姿勢は十分に緩和されているとは言い難いというのが筆者の率直な印象である。
当然にこれらの姿勢は、わが国経済の本格的な回復、成長トレンドと強い正の相関があり、
金融市場全体の動きに大きく左右されるものであろう。
そのような観点でみれば、未だデフレから抜け切れず、
震災の影響や欧州、米国の深刻な景気低迷の余波も少なくないわが国の今の経済状況を鑑みれば、
まだしばらくは大幅な戸数の回復は期待できないと見るのが自然であろう。
しかしながら、金融機関による安易な不動産に対する資金供給は過去の反省からも冷静に律しなければならないが、
事業性・収益性を適正に評価したプロジェクト単位でのファイナンスは個別に正しく行なわれるべきである。
その意味で分譲マンション開発事業に対するプロジェクトファイナンスや、アセットファイナンスの積極的な活用は、
その仕組みの整備も含めて、市場全体としてその精度を高めていきたい。
またディベロッパーも、自らの事業に根付く根源的なリスク、
能動的に取るべき収益の源泉としてのリスク(コアリスク)を十分に理解することが必要であろう。
すなわちディベロッパーは常に収益に多大なる影響を及ぼす不確実性として、
景気の変動や、それによる金融機関の貸出姿勢、用地の価格変動等のリスクを抱えている。
しかしながらそれらのリスクは、ディベロッパーが収益を獲得する上でむしろ能動的に取らなければならないコアリスクの1つである。
他方で、景気の変動等というリスクは自らの内部でコントロールできない外部リスクに位置づけられるものである。
まずマンション分譲事業とは、このようなコアリスクでかつ外部リスクであるものを常に多く抱えているという認識を持つ事が必要不可欠であろう。
その上で、収益獲得の為に積極的に取らなければならないコアリスクが、自らコントロールできない外部リスクである場合、
本来はこれらのリスクファクターに関する予測技術を高めたり、デリバティブ等の金融商品を利用する事で、
リスクをコントロールする術を模索しなければならない。
ディベロッパーとしてその機能をすべて金融機関に一任するという手法のみではなく、
リスクマネジメントに関する技術や見方を自社で育成する必要があると言えるだろう。
奇しくも先ほど「マンション分譲事業はファイナンス事業である」と述べた背景はここにもある。
コンプライアンスやBCPといった“流行の”リスクマネジメントではなく、
事業を安定的かつ積極的に展開し続けるための真の「事業リスクマネジメント」を実行できるディベロッパーのみが生き残るといえるのではないだろうか。
(出典:ダイヤモンド・オンライン)