■ 東南アジアでの成功に必要不可欠な視点
前回に引き続き、アジア進出の“肝”、今回はASEANを中心とした東南アジアのビジネス成功に必要不可欠な、マーケティングの視点をお伝えしていく。
どの地域でビジネスを進めていく上でも必要な視点なのだが、東南アジアでビジネスを進めていく際、必ず押さえるべきは、「どこで」、「誰に」、「何を」、「どのように」売っていくのかという、マーケティングの視点を持ち、販売戦略を組み立てて進めていくことだ。失敗する企業では、この当たり前の視点が抜けていることが多い。
■ 「日本で売れているから」は通用しない
よくある失敗のケースでは、上記マーケティングの視点に基づいた販売戦略の策定が不十分なまま、「自分達の商品は高品質だから東南アジアでも売れるはずだ」、「東南アジア市場は人口が多いから成功するはずだ」、「現地の代理店が売れると言っているので彼らに任せていれば安心だ」といった理由で安易に進出し、その結果、思うように収益をあげることができずに撤退というケースだ。
東南アジアでのビジネスは、「人口が多いから」、「日本で売れているから」といったことだけで成功するほど甘くはない。東南アジア諸国は複数の民族から成り、国籍や宗教、そして生活習慣や商習慣も大きく異なる。更に、一つの国の中でも大きな所得格差がある。そのため、ビジネスを成功させていくために、日本とは異なる、東南アジア地域に適した販売戦略が求められるのである。
■ 何が売れるか、そのヒントは市場にある
日本とは異なる販売戦略の事例を、少しだけ紹介しよう。
まず、ペットボトルの冷たいお茶。日本では当たり前のように無糖で売られているが、東南アジア諸国ではペットボトルは甘いお茶の人気が高い。例え「緑茶」と記載されていても砂糖が入っている。
また、ASEAN諸国には属さないが、インドでは日常的にメイドを多く使うため、鍵付きの冷蔵庫の需要が高いことは有名な話だ。イスラムやヒンズー教徒にも受け入れられている鶏がらスープの「まる玉ラーメン」も、シンガポール、マレーシア、インドネシア、タイ、香港に進出するなど、成功している代表的企業の一つとなっている。
繰り返すが、日本で売れているから、そのまま通用するとは限らない。その国の事情をよくリサーチし、どういった商品に需要があるのかを検討、その販売を開始しても現地市場の特性を常に注視し、その地域のニーズに合わせて改良していくことが求められる。
■ 「特定の国」ではなく「アジア地域」に売るという視点
ベトナムやタイ、インドネシアなど、「どこの国で売るのか」という、各国単位の視点で販売戦略を考えることも大切だが、これと合わせて「アジア地域で売る」という視点を持つこともお奨めしたい。
つまり、1ヵ国単位で考えるのではなく、ASEANなど東南アジアを一つの地域市場として捉えていくのだ。例えば、各国人口では、タイ6388万人、マレーシア2840万人といった状況だが、東南アジアという地域単位で考えることで、その商圏人口は約5億9000万人という巨大市場となる(表1)。
このように「国」と「地域」の視点を併せ持つことで、東南アジアをより広く、魅力的な市場として捉えることができる。
では、「国」ではなく「地域」として捉えた市場に対し、どのようにビジネス展開することが有効か。ただ闇雲にアジア各国に対して営業、販売促進を仕掛けても、市場は各国にまたがり、コストと労力ばかり掛かってしまう。資本力がない中小企業では、一度に複数の国へのビジネス展開は難しい。
そのため、より効率的な営業、販促活動が求められるが、その有効な進め方の一つとして、まず特定の国に的を絞り、そこで徹底的にブランドを確立し、そこから周辺国を含めた地域に展開していくことも、アジアの市場攻略に有効な戦略の一つとなる。
■ シンガポールという“ショーウィンドウ”
この戦略を採る場合、最初にどこの国を選ぶかが重要となる。その条件は、常に世界から最新の情報、商品、多くの人が集まり、その国が東南アジアのトレンドを発信する場として認知され、機能していることだ。
この条件を満たす国の一つとしてシンガポールが挙げられる。人口518万人と小国ながら、前回の記事「今、東南アジアが面白い!活気を日本に持ち込み成長に結びつけるためには何から始めるべきか」でも紹介したように、東南アジアはもとより、世界中から多くの人や金、流行りのモノや最新の情報が日々集まる国となっている。
「シンガポールで流行ればアジアで売れる」とよく言われるが、実際にまずシンガポールに進出、そこでブランドの確立を目指している企業も多く、まさにシンガポールはアジア市場へのショーウィンドウ的な役割を担う国の一つとなっている。
■ 518万人の小国に世界中から人が押し寄せる
ではトレンド発信基地としての役割を担うシンガポールに、どれ位の人が集まり、今後の見込みはどうなのか、シンガポール政府観光局の調べでは、2011年には海外から1317万人もの人がこの国を訪れ、2010年と比較すると13%増で過去最高を記録している。
国別では、インドネシアから259万2000人、中国が157万7000人、マレーシアは114万1000人と何れも周辺国からの入国が多い。
更に、シンガポールの2012年の海路と陸路を含めた入国者は1450万人を予想しており、昨年の記録を更新することはほぼ確実な状況で、その勢いは衰える様子はない(図1)。
これに対し、2011年の海外から日本への観光客の数は、621万9300万人、その年の東日本大震災の影響で、昨年比27.8%減とは言え、シンガポールの1300万人には遠く及ばない。
■ 国への集客に貢献するシンガポール航空とその活用
シンガポールへの集客にはシンガポール航空も大きく貢献している。
2012年現在、シンガポール航空は、49ヵ国、179都市に就航、ここ最近の月間搭乗者数は、約140万人。就航する国、都市の数と合わせて、シンガポールが東南アジアの中心に位置するという地理的条件も、この国に多くの人が集まる理由の一つだ。実際、2011年のシンガポールのチャンギ国際空港の利用者数は前年比10.7%増の4650万人でこちらも過去最高を更新している。
これに関連して、最初に述べた東南アジアのビジネス展開に必要なマーケティングの視点で、航空会社の機内誌を販促手段に活用する日系企業も出てきている。ASEAN地域での市場展開を視野に、例えば、シンガポール航空の機内誌(SILVERKRIS)に一定期間、広告を掲載することで、東南アジア地域で企業や商品ブランドの認知度を高めることを狙ったものだ。これはシンガポール航空が東南アジアの観光客、ビジネスマンの輸送のハブ的役割を担っていることに目をつけた販促戦略と言える。
■ 日本からシンガポールへ増える投資
日本からシンガポールへの直接投資も、ここ最近では増加傾向だ(図2)。
2011年9月15日現在、シンガポール日本商工会議所の会員会社数は725社、会員以外の企業も含めると、実際の日系企業数は1500~2000社程度と言われている。会員企業の業種別では、製造業が最も多いが、最近では中小企業で製造業以外の業種(貿易、小売り、流通、飲食、サービス)のシンガポールへの進出も目立つ。
2010年のJETROの調査では、シンガポールに拠点を設けている日系企業の内、「現地からの輸出を重視」との回答は19%。「現地市場と輸出市場を同程度に重視」との回答は34.4%と、あわせて半数以上の企業がシンガポールを拠点としながら、そこから先の展開を考えている。
■ 「戦略は東南アジア地域で策定する」
日系企業が東南アジアでのビジネスを展開していく際、地域統括会社(RHQ)の設立や、近い将来に設立を検討する企業が増えている。
地域統括会社とは、例えばシンガポールに設立した企業にその地域の事業戦略の策定や実行、研究開発(R&D)、財務機能などを持たせることを指す。
今年(2012年)3月にJETROが日系のシンガポール法人(213社)を対象に実施した調査でも、「既に何らかの地域統括機能を持つ」と回答した企業は、77社(36.2%)、「現在、地域統括機能はないが、将来設置することを検討」と回答した企業は57社(26.8%)と6割を超える企業が実施もしくは今後に高い関心を寄せている。
飲料メーカーの伊藤園が、シンガポールに東南アジア事業を統括する持ち株会社「伊藤園アジア・パシフィック・ホールディングス」を設立するということが発表された。
同社では、日本の飲料市場が縮小傾向にあるなか、所得拡大が続く東南アジアで事業を拡大する計画とのことだが、今回の地域統括会社を設立した目的は、現在、民主化が進み、今後は高い経済成長が見込まれるミャンマーやベトナムなど東南アジアへの販売に注力することとしている。
地域統括会社については、その国の政府が、それを設立した企業を優遇する制度も打ち出しており、それらを活用することも経営上のメリットとなる。「東南アジア市場の攻略は東南アジアから」というのが、今後の市場攻略に向けたキーワードの一つになることは間違いない。
次回以降も、東南アジア諸国進出の具体的な方法や成功例、失敗例のほか、事業の進め方、マーケティング方法などをご紹介していく。
(出典:ダイヤモンド・オンライン)