私たち多くの日本国民が生活者として直面しているのは、「雇用不安」と「所得の減少」であり、2008年9月のリーマンショックを皮切りに起こった景気低迷の波は一向にとどまる気配を見せていないというのが実感ではないだろうか。事実、経済評論家として活躍されている方々のなかには、2010年はさらに景気が悪化する可能性が高いという主張をされている人も目立つ。
とは言え、暗い話ばかりではない。例えば、製造業の業績に大きな影響を及ぼす恐れのあった円高傾向が収まってきたことで、年明け以降の日経平均株価の動きも安定してきている。一部報道にもみられたように日本を代表する企業のトップの方々が年始挨拶で語っていた「2010年後半には景気回復」の声も全く現実感の無い話ではなくなってきたようにも感じる。
実は、「変革」という言葉も経営者の方々が頻繁に口にするようになった言葉であるが、ほとんどの企業において実行段階でブレーキがかかるのがこの「変革」である。
コンサルタントとしての経験から申し上げると、変革せざるを得ない状況(財務面が悪化して買収されてしまった、明らかにマイナスインパクトをもたらすような法改正があった、等々の外圧を受ける)まで追い込まれない限り、自主的に変革を成功した事例を探すのは難しい。
今回のテーマとして取り上げている小売業界においては、生活者にもっとも近い場所でビジネスを展開していながらも、その強みを活かせていない企業が非常に多いように思われる。
ここでは、日本の小売業を事実上牽引してきた百貨店業界を例として取り上げてみたい。
■ “顧客との約束”を忘れた百貨店
日本百貨店協会が昨年12月中旬に発表した前月(2009年11月)の百貨店売上総額は、約5635億円と前年同月比11.8%減であり、この前年同月比という指標でみると、21ヶ月連続の減少を続けている。リーマンショックの影響で下落幅が大きくなったのだが、それが1年を超えても落ち着かないという由々しき状況に陥っている。直近に発表された主な百貨店の業績をみてみよう。
三越伊勢丹HDが発表した第2四半期業績は、売上高約6171億円(前年比▲12.5%)で、営業利益は約4億円の損失に転じた。
J.フロントリテイリングが発表した第3四半期業績は、売上高約7100億円(前年比▲13.6%)で、営業利益は約89億円(前年比▲56.5%)。
高島屋が発表した第3四半期業績は、売上高約6339億円(前年比▲12.3%)で、営業利益は約68億円(前年比▲66.3%)。
もちろん景気低迷の影響を受けた結果であるという意見に異論はないが、もうひとつの要因として“顧客との約束”を忘れてしまった企業が多いのではないかと感じる場面は多々ある。
かつての百貨店に顧客が期待していたのは、百貨店という言葉からもイメージできる「何でも揃っている」であり、恐らくそれを“顧客との約束”として守ろうとしてきたのではないだろうか。
あるいは、少々高くても当たり前だと許容できる接客サービスのレベルの高さ、流行のファッションや好きなファッションが具現化できるという期待に応えようという“顧客との約束”があったのではないだろうか。
業績悪化のために人員を縮小してサービスレベルの落ちる売場、アパレルメーカーの在庫コントロールの影響で人気商品が早々に無くなり、不人気商品が並ぶ売場、等々、いったいどうなりたいのか、“顧客との約束”は何だったのか、を再度問い直す必要があるように思われる。
■ ユニクロの強さの秘訣は目に見えない“内部変革”
相変わらず絶好調のユニクロだが、かつて既存店がこぞって前年割れをした年があったのを記憶している方も多いのではないだろうか。この年にユニクロを買いに行っていた消費者が感じていたのは、「買いたいと思っていた商品がない」ことだったようだ。これを大きな課題として捉えたユニクロは、仕入れや売場づくりなどの業務を店舗スタッフに大きく権限委譲しながら、本部スタッフが店のサポート部隊としてフォローしていく体制へと切り換えていった。
「ユニクロ型ビジネス」といった呼び方で、低価格ビジネスの展開に向かう企業も増えている通り、価格あるいはフリースやヒートテックといったヒット商品の開発力、といった部分が注目されているユニクロだが、根底には「店に行ったときに欲しいものを買いたい」という顧客に応えようとした内部の“変革”があったことを切り離して考えてはならない。
“変革”に不可欠な要素として、鷹の目と蟻の目がある。鷹の目で正しい時流を認識した上で何を為すべきかを定め、蟻の目で現場をどんなステップで導いていくのかを考えるのである。
日本の歴史を紐解くと、幕末に維新を引っ張っていった人材、その後の日清・日露戦争で日本を引っ張った人材には、この要素がしっかりと備わっていたことがうかがい知れる。
例えば、日露戦争時、世界の誰もが日本が勝つことを予想しなかったのではないだろうか。しかし当時の日本は、ロシアが日本との戦争に投入できる戦力をある程度正確に予測した上で日本が持つべき戦力を準備し、日英同盟の締結を実現させ、ロシアの内部革命を促す人材・米国の世論を日本に向ける活動を促す人材を派遣する、戦争終結の出口プランを練りこんでおく等々、ありとあらゆるアクションを展開した結果、勝利までこぎつけたのである。
■ 「中間層狙い」のビジネス崩壊。所得の二極化にどう挑むか
冒頭に述べた「雇用不安」や「所得の減少」といった現象が、今後どのようになっていくのかは、小売業の方向性を考える上で、重要な要素である。
以下の表をみていただきたい。
この10年で世帯あたり平均所得が約100万円下がっていることがわかる。
所得層別にモデル化すると、二極化傾向は明らかであり中間所得層が大きく減少している。
このように、世帯所得が時系列に減少してきていることに加えて、少子高齢化の進行、人口の減少も年毎にその影響が大きくなっていくことは紛れもない事実である。よって、かつて隆盛を誇ってきた中間層狙いのビジネスが衰退していくのは必然であるとも言える。そう考えると、GMSと呼ばれる業態が、セブン&アイグループとイオングループの2つに収斂していったようなことが、百貨店業界にも起こる可能性がないとは言えない。
■ “変革”を果たした企業だけが生き残ることができる
小売業の特性として、売上が落ちていると言いつつも常に日銭は入ってくることがある。そのため現場に近いスタッフは、「何とか頑張ってやれば、良かったころの売上を取り戻せるのではないか」と思ってしまいがちだ。かつて「ゆでがえる」という喩えがあったのを覚えている方も多いのではないだろうか。ゆっくりゆっくりとゆでられる蛙は、沸騰するころにはすでに逃げる体力を失っているという話だが、まさにその通りで、徐々に徐々に売上が下がっている企業は気づいたときには遅かったということになりかねない。
また、大手企業には陥ってしまうワナが2つある。
もうひとつは、“変革”へのきっかけとして新しい事業を立ち上げるといった取組を進めようとはするのだが、すでに既存事業の規模が大きくなってしまっているために、話のスタートから50億あるいは100億規模の事業にすることの方が目的化してしまい、旧態依然の考え方から全く脱却できない状況に陥ってしまうことである。
これから小売業が掲げるべき大きなテーマは、人材の育成である。「良いものをより安くできる限り多くの方に提供する」、「効率を重視したオペレーション」といった日本企業の成功する価値観に疑問をもつことのできる人材。「価値を最大化した上でできる限り高く、それを認める少数の方に提供する」、「顧客満足を重視したオペレーション」こそがこれからの小売業ではないかと仮説を立てて実行する人材。つまり、鷹の目と蟻の目を合わせ持ちながら、自ら考える人材を育成していくことが不可欠だと思われる。
世の中に起こることはすべて必要必然である。もしかすると、リーマンショックのような外圧による景気低迷も日本企業にとっては必要必然だったのではないだろうか。今を嘆いていても、すでに起こってしまったことなのだから、近い将来、「結果的には良かった」と言えるような“変革”を実行していただきたいし、コンサルタントとしても成功を具現化すべくサポートしなければならないと考えている。