■ アジアで成功する企業が共通して持つ視点
前回に引き続いてのアジア進出の“肝”、今回はASEANを中心とした東南アジアビジネスの成功に必要不可欠な視点をお伝えしていく。
ここ最近、日本の大企業だけでなく、中小企業ともに、その活動領域は国境を越えてますます広がりを見せていると実感する。とりわけ、アジア市場への進出は際立っている。
その主な目的は、「ビジネスに関わるコストを下げる」、「アジアという成長著しい市場での売り上げを伸ばす」ことで、それを達成している企業の多くが、「国単位ではなく、周辺国を含む地域で捉える」という視点を持つ。
例えば、タイ、ベトナム、インドネシアといった1つの国だけでビジネス戦略を考えるのではなく、アジアの複数の国や地域を念頭にグローバルビジネスの戦略をデザインしていくということだ。
■ 地域でグローバル戦略を考えるということ
もちろん、グローバルビジネスを各国単位でなく、周辺国を含む地域で捉えそれを実行することは、今に始まったことではなく、以前からも物流や製造といった分野でも行われている。筆者が以前に勤めていた非鉄金属メーカーでも、日本で製造した中間製品をシンガポール経由でマレーシアの自社工場へ送り、そこで最終加工した後、フィリピンで鍍金処理を施し、そこから電子機器メーカーなど周辺国の最終顧客へ納入といった、各国にまたがったサプライチェーンが組まれていた。
ただし、こうした各国をまたいだサプライチェーン構築は、大手製造業や専門性の高い商社などに限られていた。中小企業が大手企業と同じようにサプライチェーン構築をしようとすると、コストも掛かり、自社だけでそれを実現することは難しいと断念せざるを得ないケースも多々あった。
そもそも、大企業が構築したアジア各国をまたぐSCM(サプライチェーンマネジメント)が本当に効率的で、収益を最大化することに貢献しているのか疑問なケースも散見された。
しかし、ここ最近、過去の反省や日々の実績と改善の積み重ねにより、各国をまたぎ、地域でグローバル戦略を策定していくためのプラットフォームの整備が着々と進んでいる。
■ アジア市場への重要な物流拠点シンガポール
例えば、アジアだけでなく世界の物流の中心的役割を果たしているシンガポールにおいても、ここ2~3年で急速にその整備が進んでいる。
今年、シンガポールのEDB(経済開発庁)から出された報告書によると、現在、顧客の物流業務を一括して請け負う3PL(サードパーティーロジスティクス)事業の世界大手25社のうち、フェデックス・エクスプレスなど17社が既にシンガポールに進出、同国をアジア周辺国への物流の重要な戦略拠点として位置づけ、シンガポールに域内統括機能や域内拠点機能を持たせているとのことだ。
物流における日本企業の進出は活発で、日本通運、近鉄エクスプレス、郵船ロジスティクス、山九などもシンガポールで積極的に事業展開を行っている。ヤマトホールディングスも、アジアへの展開を図るにあたり、シンガポールをASEAN諸国の中心と位置づけた戦略を打ち出していることはよく知られている。
■ 周辺国を陸路で結ぶ物流インフラの発展
シンガポールが物流の拠点となっていることと合わせて、タイ、ベトナム、中国、ミャンマー、カンボジア、ラオスといった国々の物流をつなぐことを目的とした東西回廊、南北回廊、南部経済回廊と言われる幹線道路の整備も急ピッチで進んでいる。こうしたインフラ整備が呼び水となって、生産拠点を移管するといった企業も増えている。
最近では、ユニクロを展開するファーストリテイリングがこれまでの主な生産拠点であった中国の人件費が高騰した影響で、より労働コストの安いミャンマーに縫製工場の建設を検討しているなど、労働集約型産業では、今後も同様の動きは加速することが予測される。
アジアにおいて物流のプラットフォームの整備が進み、それを活用することで、これまでは大手や一部の企業のみが採用できた周辺地域を考慮したグローバル戦略を、中小規模の企業であっても採用することが可能になる。1ヵ国だけでなく、周辺国を含めて地域としてグローバルビジネスの戦略を構築していく環境が、アジアにおいて整備されつつあることは企業の海外進出を後押しする好材料となり得る。
■ 各国も重要視する地域で捉えるという視点
「国単位ではなく、周辺国を含む地域で捉える」という視点は、物流企業やそのインフラを利用する企業レベルだけの話ではなく、国家、行政レベルでもその動きは活発化している。
最近の注目すべき事例として、2006年にマレーシア政府の提唱で始まった、イスカンダール計画がある。ここ最近、特にこの計画に関しての情報が頻繁に耳に入るようになってきた。
この計画はシンガポールの北部に隣接するマレーシアのジョホール州で進められている都市開発計画で、香港と深?をモデルにしているという。現在、マレーシア政府とシンガポール政府が主導して、シンガポールの約3倍の2217平方キロメートルの地域に工業団地、高級住宅地、商業施設、行政機関、教育機関、テーマパークといった大規模な都市開発が進められており、アジアだけでなく世界からも注目されている。
10年ほど前のジョホール州は、シンガポールと比べて発達しているわけでもなく、ヌサジャヤ周辺などはパーム油のプランテーションが目立つ場所であった。ただ、当時から、シンガポールとの間では人とモノの往来が活発であった。整備された高速道路と2つの橋で両国が結ばれていることが大きな理由だ。
筆者も前職の会社のシンガポールオフィスからジョホールにある自社工場まで車で行く機会が多かったが、シンガポールの中心地から車を使ってジョホールまでは30分ほどで行くことができた。ちなみにジョホール近辺は製造業など日本の企業が多く進出していることでも知られている。
■ アジア各国が地域という視点を持たざるを得ないワケ
現在、シンガポールでは、オフィス賃料、住宅価格、人件費などが日増しに上昇を続けており、企業やシンガポールに住む人たちにとって頭を悩ませる問題となっている。
例えば、シンガポールの大手ディベロッパーが運営するショッピングモールでは、賃料が高く、1年近く経ってもテナントが決まらないといったことも起こっている。また、住宅の家賃も上昇を続けており、これまで中心街に住んでいた知人が少しでも安い家賃を求めて、仕方なく郊外に引っ越すといったことも起きている。
シンガポールは、これまで東南アジアの中でも先陣を切って成長を続けてきた国であり、一人当たりの名目GDPも2008年、2010年には日本を追い抜いた。しかし、東京23区ほどしかない小国だ。今後も引き続き、高い経済成長を維持し、発展し続けていくためには自国だけでその実現は難しい。周辺国との緊密な連携が必要不可欠とシンガポールの国自身も考えている。
■ 地域の視点が各国の抱える問題をも解決する
国土が限られるシンガポールは投資可能で割安な土地の確保を、そしてマレーシアとしては国の発展度合いで先を行くシンガポールと連携を取っていくことで、海外からの投資も呼び込む――。両国が持続的な経済成長と着実な発展を目指すことが、先に述べたイスカンダール計画の大きな目的となっている。
このように、国家、行政レベルでも、「国単位ではなく、周辺国を含む地域で捉える」という視点への移行と、それを実現していくための動きが加速している。また、この動きと合わせて、現地の不動産関係者からの情報では、最近、ジョホール州のヌサジャヤ地区などに自宅を購入することを検討、もしくは実際に購入するシンガポール人が増えているとのことだ。実際にジョホールの自宅を購入した人は、生活の拠点は物価の安いマレーシアで、そして仕事はシンガポールで、というライフスタイルをとっている。
これまでも、マレーシアのジョホールからシンガポールへ毎日、橋を渡って通勤する人の数が、約10万人いると言われている。イスカンダール計画では、開発地域とシンガポールをMRT(大量高速鉄道)で結ぶ計画もあり、開発が進むに従い、両国間を移動する人の数は今後も増え続けることが予想される。
■ 地域で捉えることがビジネス成功に向けた鍵
今後、アジア進出を考えていく際、「国単位ではなく、周辺国を含む地域で捉える」視点を持つことだ。地域事情を深く知ることで、「何処を生活基盤とし」、「何処の国で作って」、「何処の国で売る」ことがより効率的で最大限の効果を生み出すかといった、ビジネス上の選択肢を広げることにつながる。
今、アジア市場は躍動しながら、日々、早いスピードでその姿を変えている。この市場をしっかりと捉えていくことは、自社のビジネスの可能性を広げるだけでなく、その事業に携わる人々やその商品、サービスを享受する顧客の生活をより豊かなものにすることにもつながっていく。
その実現への近道は、「国単位ではなく、周辺国を含む地域で捉える」という視点だろう。
(出典:ダイヤモンド・オンライン)