■ 危機を認識しつつも放置する“ゆでがえる現象“の怖さ
「熱湯にかえるを入れると、そのかえるは驚いてすぐに脱出します」
「一方、水の中にかえるを入れて、徐々に温めていった場合、危険を察知することが遅れてしまい、そのかえるは死んでしまいます」
この“ゆでがえる現象”は、書籍などでよく紹介されていますし、ビジネス系のセミナーで話される方も多いので、ご存知の方もたくさんいらっしゃるでしょう。
「まもなく景気は上向くだろうから、もう少し辛抱すれば大丈夫」
「問題が発生していることはわかっているんだけど、社員全員に関係する話でもないからそんなに事を荒立てなくても良いですよ」
これは、すでに“危機”が迫っていることを認識しているのにもかかわらず、その“危機”に対して向き合うことをせずに放置している事例です。結果的に、“ゆでがえる”と同じ末路を迎えることになることを示唆しています。
現在、話題となっている大相撲八百長問題も、まさにこの“ゆでがえる”現象を思い出させる話です。なぜ、このタイミングになるまで八百長問題は解決されなかったのでしょうか。その背景にある組織の問題を考えていきましょう。
■ 「春場所中止」「力士の処分」など“対症療法”では解決しない組織の問題
大相撲の八百長は、以前から週刊誌などを中心に多くのマスコミで取り上げられてきた問題です。
当事者である日本相撲協会も、いわゆる“八百長”に関しては否定を続けてきたものの、“無気力相撲”に関しては否定をしておらず、「故意に負けてやった」ようにみえる取組には注意をするなどの対応をしていることからも、そういった風土を十分認識をしていたと言えるでしょう。
ちなみに言葉の定義を補足しておくと、
八百長:「対戦する両者が取組の前に示し合わせて勝負をつけること」
無気力相撲:「取組の際に、一方がわざと力を抜いて相手に有利になるように仕向けること」
とされています。
考えてみると、日本相撲協会の解決策は、“無気力相撲”に対して「監察委員会」を設置して、「発覚した場合は懲罰を下しますよ」というものに過ぎなかったわけです。こういった“対症療法”的な対応策は、様々なケースでみられることであり、このこと自体が悪いわけではありませんが、本質的には問題が解決しないことがほとんどです。
会社組織で例えるならば、「縦割り組織の弊害」(営業や開発といった部門の間に見えないカベが作られて、全体最適が図りづらい)といった問題が挙げられるでしょう。
しかし、それに対して、「部門をまたいだ合同会議をやる」、「月に1回の飲みニケーションを実施する」のように『コミュニケーションが良くないから、コミュニケーションをとる場を作る』といった対症療法的な策を施しても、「やらないよりはやった方が良かった」程度の効果しか得られないのが現実です。
今回、相撲協会も「春場所の開催を中止する」という苦渋の決断をし、「徹底的に調査して膿を出し切る」という覚悟を示していますが、それが「関わった力士を全て見つけ出して重い処分を下す」ということだけだとすると、真の問題解決には至らないような気がします。
■ なぜ八百長をする力士が増えたのか。表面的な問題よりも真の問題を捉える
では、どうすれば八百長を無くすための効果的な策が打てるのでしょうか。
八百長のように「できればやらない方が良い」と誰しもがわかりきっているにもかかわらず、「やむを得ずやってしまう」人が出てくるという事象の背景には、制度上の制約が存在するケースが多いといえます。
ということで、相撲協会の力士の制度をみてみましょう。
いわゆる“関取”と呼ばれるのは、十両以上の力士のことで、関取になるとその番付に応じて一定の給料を得られるようになります。
〔関取の年収〕※給与、賞与、手当等を合計した概算
横綱…約4500万円
大関…約3700万円
三役…約2600万円
平幕…約2000万円
十両…約1600万円
一方、幕下以下は“力士養成員”と呼ばれ、収入は本場所ごとに支給される場所手当になります。
〔力士養成員の年収〕※場所手当6回分
幕下 …90万円
三段目…60万円
序二段…48万円
序ノ口…42万円
「強い者が偉い」プロフェッショナルの世界。このような格差も当たり前だろうと思うのですが、恐らくこの制度が“八百長”を「やむを得ずやってしまう」大きな要因になっているのではないでしょうか。
数字的にも明らかなので言うまでもないですが、この制度において最も気になるのが、十両と幕下の大きすぎる格差です。
力士たちは皆、強くなるために頑張って稽古をし、十両に上がった段階でこれまでとは破格の収入を得られるようになります。そのまま上を目指し続けるうちは良いのでしょうが、年齢的な衰えや怪我などが原因で、十両で躓いてしまう力士もいることでしょう。万が一、再度幕下に落ちてしまうようなことになれば、収入が貰えないに等しいほどの状況に陥るのです。
「プロの世界だから勝てなければ仕方が無い」という意見ももっともですが、力士たちはお互いがライバルである反面、同じ志を持つ仲間でもあります。
十両同士の取組で、千秋楽、自分は昨日8勝6敗と勝ち越しを決めたが、相手は7勝7敗と今日の勝敗によって来場所の番付が下がってしまう。先日、「こういったケースでは7勝7敗の力士の勝つ確率が80%にもなるから異常だ」といったデータも発表されていましたが、現行の制度では起こりうる話だと納得できてしまうわけです。
そもそも、昔作られたこの制度が悪いという話ではありません。しかし、長年運用されるなかで制度疲労を起こしているのではないでしょうか。よって、八百長問題を抜本的に解決しようとするのであれば、この制度にメスを入れることも必要ではないかと思うのです。
■ 報酬制度改革だけでは解決しない、徹底的に教育するべき“お客さま目線”
八百長を助長する理由として、まず、報酬制度を取り上げましたが、私はその他に相撲界全体の本質的な問題として、“お客さま目線“の欠落があると思います。
日本相撲協会は財団法人として認可されており、税制面も優遇されていることから、いわゆる経営上の心配をほとんど感じていない組織です。
高いお金を払ってでも取組を観戦しにきてくれるお客さまがいるから、スポンサーもつき、だからこそ協会は場所を運営でき、力士は報酬が貰える、という状況にあります。しかし私には、とてもお客さまを最優先に考えているようには感じられないのです。それは、言い過ぎでしょうか。
相撲協会は今一度、「何をお客さまに約束しているのか」を再定義した上で、力士たちも徹底的に教育することが必要だと思います。「稽古で鍛え上げた力士同士のガチンコ勝負をみていただく」ことを約束するのであれば、その為に必要な制度をつくり、力士教育も施す必要があります。
極論ですが、「7勝7敗の力士にわざと負けてあげる」ような取組も、多くのお客さまがそれをみても不快に思わず、「いやぁ、あいつは情に厚いところがあるからね」などと評価してくれるのであれば、悪くはないわけです。ただし、当然、お客さまへの約束をどう打ち出すのか考え抜く必要があるのは言うまでもありません。
膨大な赤字を解消することができず、一度はその評判が地に落ちてしまった日本航空も、京セラの創業者である稲盛和夫会長により幹部教育が徹底され、その効果が表れつつあるようです。
「“赤字”って言葉の意味はわかるけど、自分たちのせいじゃない」
「なんだかんだ言っても、日本航空が潰れるわけない」
幹部ですらこう思っていた最悪の状況は、確実に変化を見せており、例えば離陸後の機長アナウンスでは、各機長が自分の言葉でお客さまへの感謝の気持ちを述べるようになったとのこと。クレーム対応で忙しかったお客さま相談室の女性が、感謝の手紙を機長に見せながら涙ぐんでいる映像を見ましたが、その姿はとても印象的でした。確実に“お客さま目線“が組織に浸透してきているのでしょう。
“ゆでがえる”は危機に対応できなかった例を示す話ですが、「真の問題を認識した上での解決策」と「お客さま目線を植えつけること」で相撲協会には危機を乗り越えてもらいたいと思います。