かつての人気テレビ番組「マネーの虎」で、独特のオーラを放っていた南原竜樹氏を覚えている方も多くいらっしゃるだろう。成功者というイメージのある南原氏だが、つい数年前には60円のパンを買うにも躊躇するほどのどん底に落ちた経験をしているという。奇才なビジネスセンスを持つ南原氏に、会社とともに歩んできたこれまでの軌跡と仕事をする上でもっとも大切にしている信条を伺った。
(聞き手/小林昇太郎、撮影/蛭間勇介)
――今までいろいろなご経験をされてきたと思いますが、これまでのキャリアについて教えてください。
僕は就職も転職経験もない、ずっと「オートトレーディング」っていう会社をやってきてる。アルバイトはたくさんしたけど、履歴書に書くようなキャリアってないんだよね。「南原=オートトレーディング」だから。
最初、名古屋で「自動車屋さん」を始めた。それから人を雇うようになって、東京と大阪にも店を出した。当時、僕らはバブル前の丁度いいタイミングでフェラーリの仕入れを始めて、そのままバブル景気に乗って予定通り見事に売れていった。
でも、ある日ふとオランダのチューリップバブルの話を思い出して、この業態もこれからどんどん淘汰されて厳しくなるんだろうなと思ってね。一気にフェラーリの在庫を全部売り払ったんだ。そしたら、その後にフェラーリの価格の大暴落がはじまった。今思えば、そんなに大きい会社じゃなかったけど、その頃の会社規模が一番居心地よかったね。
■ 日本で初めて民事再生法が適用された買収劇
でも、今後この業界で生き残っていくために、在庫が共有できるメリットを活かして、規模を拡大していこうと全国展開していった。業種的にも川上に出て行こうとショールームだけじゃなくディーラーもやって行こうとした。そうしたらそこでチャンスがきて、チェッカーモータースの案件が舞い降りてきた。当時チェッカーモータースは創業40年くらいの老舗で、アルファロメオのディーラーでは日本一だった。結果、それが日本で初めて民事再生法が適用された買収劇だったんだけどね。
その勢いに乗って名古屋のアルファロメオのディーラーも買収。次に大阪のディーラーも買収しようと計画。更に川上を目指している我々は、インポートもやりたいということでローバー、TVR、ロータスを扱うようになった。会社の売上利益は100億を超えていた。
じゃあその次は上場だ…と思っていた矢先の今から5年前にローバーがつぶれて、数千台の在庫が全部ただの鉄クズになってしまった。あっという間に特別損失25億ですよ。うどんの玉の仕入れができないのにうどん屋をやっている状態だよね(笑)。みんなは会社がつぶれるだろうと思ったんだけど、それから僕は3週間くらいでいろいろと計画を練った。まず我々は会社の規模を小さくしようとした。
そんな時に銀行が「35億円を返済しろ」と言ってきた。我々はフェラーリを売っていた時の貯えがあってバランスシート上はプラス45億くらいあった。だから25億の特損は“まだ大丈夫”だったけど、「銀行の35億の返済はどうする?」ってなりましたよね。
そこで、田園調布とかの良い立地にショールームがあったから、まずは今あるショールームを売却して返済しようと。しかも社員263人付きでね。失業させないでスムーズに転籍させるために一度全員解雇したんですよ。そうしたら僕ひとりになっちゃいまして。朝、オフィスに「おはよう!」って行ったら誰もいないわけですよ。
家賃はまだ払わなきゃいけなくて、暖房を使うお金もないし、仕方ないからコートを着たままでヤフーオークションに机やら備品やらを処分するために売っていました。それから1年間はそういった処理の仕事をやって、2年目から少しずつ事業の種を蒔き始めて、3年目にそれを刈り出して、新規事業を立ち上げたり企業を買収したり。なんやかんやで5年が経ちました。
――南原さんはずっと自動車業界に関わってきていらっしゃるわけですが、自動車業界から見て南原さんが感じている日本の常識、世界の常識といったところでの決定的な違いなどあれば教えてください。
日本と世界を比べると、中古車売買の仕方も違うし、流通システム、消費者マインドなんかも違う。僕らは車を扱うから富裕層と呼ばれるお客様がたくさんいるんですよ。富裕層にとって車っていうのは移動の手段じゃなくて、ポリシーなんですよね。だから、自分の主張が車と重なっている人たちが多い。例えばオーディオにこだわりがあったりとか、見た目じゃわからない部分に主張を見出す。
僕らの商売はよくお客様から「ありがとう」って言われるんです。「ありがとう」って人から多く言われる商売って、やっぱり伸びていくんですよ。ユニクロがいま流行っているのも、「こんなご時世にこんなに安くて良い服を出してくれてありがとう」っていろんな人から感謝されているからだよね。
■ 「お客様って結局は人につくんですよ」富裕層の顧客にこそ“信頼”が大切
――富裕層に「ありがとう」と感謝されながらビジネスを成功させたい場合に、南原さんが考えている必要なマインドやスタンスといったものがあるのでしょうか?
オートトレーディングでは、メキシコからビートルを輸入して99万8000円で売ったりしたこともあるけど、ほとんどのケースで僕らは1000万円以上の車しか扱ってなかったんですよ。博多の店舗なんか、ショールームのガラスの高さが10mくらい、幅が端から端まで走ったら息が切れるような大きさのところにポルシェだとかフェラーリとかの1000万円以上する車をずらっと並べて…そういう商売をずっとやってきたんだよね。だからお客様は富裕層しかいない。
じゃあどうやったら富裕層を相手にうまくビジネスやれるかっていう話だけど、我々自動車を扱う仕事っていうのは、「お客様って結局は人に付く」ものなんですよ。飲食関係のビジネスをやっている人に聞くと7割くらいが人に付くって言うけど、自動車なんかもっとそういう特性があるんです。お客様が気に入ると、「この営業マンからしか車を買わない」とか、「担当を替えるな」とかよくありますよ。
うちのお客様でポルシェを探していた方が、「ごめん、南原さん今回は浮気しちゃった」って来ましてね。で、何を買ったか聞くと、ホンダのオデッセイを買っちゃったって。散々打ち合わせをしてポルシェのこの仕様はああだこうだって細かく言っていた人が、気晴らしにホンダに行ったら新人の店員さんがすごく良かったからそっちを買っちゃったとかね。
ああ、車はどれでもいいんだなって、結局はお客様は人に付くものなんだなって思いました。お金持ちの人ほど人に付いていく。当たり前のことなんだけど、もちろん会社に対する信頼感がなければ人にも付かないし。
イギリスで仕事をしていた時なんか、それこそ超富裕層の方の自宅にお邪魔すると、顔が似た執事が2人いて、よくよく聞いてみるとそれは親子だった。先祖代々このお宅に勤めているんだ、なんて話していました。そういう風にしっかりと労働に見合った対価を補い合っている関係の中でも、安心感であったり信頼であったりっていうものが存在している。
我々自動車もそうなんだよね。車を購入したら簡単に2000万、3000万のお金振り込んでくださいなんて言うけど、お金持ちって用心深いからね。だって普通の人たちよりも騙される対象になりやすいって彼らはわかっているから、お金にもシビアになる。扱う商品が高額になればなるほど信頼っていうのが大事になる。「信頼」ってある意味ブランドと同じで、確立されるのに時間がかかるんだよね。
――そうですね。経営者の方、もちろん営業マンの方もそうですけど、どうやってその信頼っていうものを築いていくものなんでしょうか?
車を簡単に売るだけじゃ誰も信頼してくれないですよ。僕自身は、結構信頼されてる方だと思うんです。なぜかと言うと、例えばメルセデスを買いたいという方がいるなら、その方の知らない情報をたくさん提供します。
「いま買ってもいいけど、あと1年後にはモデルチェンジしたのが出ますよ。それでもいま買いますか?」とかね、普通のディーラーが直前にならないと教えないような情報も教えてあげるんです。「そのオプション付けても、年に1回くらいしか使わないよ」とか、ただ売るだけじゃなく相手にとって有益だと思う情報を提供するようにしています。そういう体験を一度すると、もう他のディーラーからは買えなくなくなっちゃいますよね。長いお客様だと30年くらい付き合っていますからね、
もう家庭の事情なんかもよく理解しているわけです。たまに奥様から電話が掛かってきて、「車こすっちゃったんだけど、旦那が帰ってくるまでに車を直して!」とかね(笑)。もうとりあえず板金屋に全部の仕事を中断させてその車を先に回せって言って修理させたりとか。もちろんその分コストはいただきましたけど、それはちゃんと見合った分だけのことでしたからね。旦那さんに見つからずに、私と奥様だけの秘密ね、なんて言って対応したこともありましたし。
オートトレーディングはニヨンサンロクゴ(24365)部隊って言われているくらいですから。24時間365日動く準備ができてます。
■ 日本と世界の富裕層ではスケールが違う!
――いま日本の富裕層は人に付くというお話でしたが、視野を広げて世界の富裕層と今後ビジネス展開していく中で必要なマインドというものはありますか?
イギリスでもシンガポールでもアメリカでも、日本人の金持ちっていう感覚って諸外国の富裕層に比べたら何でもないんですよ。そのケタの違いをまず認識した方がいいですよね。日本なら高い車を持っているって言ってもせいぜい5000万くらいでしょう。海外に行ったら10億くらいのクルーザーを持っている層がいっぱいいるんだから。富裕層ビジネスって一口に言うけど、日本のマーケットの富裕層とリアルな世界の富裕層の定義の違いをまずは認識することが必要ですよね。
もちろん日本にも大金持ちっていう人はいますけど、そういう人たちは表に出たがらないですよね。
■ 良い出会いの7割は紹介。日ごろから出会いを意識すべき
――これから富裕層を相手にビジネスを行っていきたいという人は、富裕層となんとかして知り合いたいと思われていると思うんですが、どうやったらそのような方たちに戦略的に出会うことができるのでしょうか?
実は僕らもいろいろと手を打ったんですよ。DMも打ったし。パーティーをやったりとか。でもやっぱり一番多いのは紹介なんですね。今でもオートトレーディングの購入動機の7割は紹介ですよ。色々試して一生懸命チラシとか広告とかでお金を使っても、あまり意味がないってことに気が付いたんだよね。
パーティーって言ってもほとんどが名刺交換だけして終わるパターンでしょ?でも着実にやっていくと、ふとした時にどこかでつながることもあるんです。
この間ゴルフに行ったんですよ。たまたま朝ゴルフに行きたくなってね(笑)。それで、偶然同じ組で回ることになったおじさんたちとそこそこ仲良くなって身の上話を始めて。そしたらおじさんが「じゃあ南原さんのお役に立てるかも知れない」って言って、とある病院のお偉いさんを紹介してくれることになったんですよ。それもすごいことなんだけど、そのおじさん自身もめちゃくちゃ由緒ある家柄のお金持ちだったことがわかってね。お互い何か感じたんでしょうね。
――それって偶然にも聞こえますけど、必然性みたいなものも同時に感じられるんですが、そういった機会を得るために日頃南原さんが心掛けていらっしゃることはありますか?
日々出会いを意識することかな。漫然と過ごしていると気付くのが遅くなるよね。だからそのゴルフの時も、おじさんも僕もなんだかんだプレーを観察しながら心の中で「この人どんな人かなぁ」って思っていたはずですよ。でも僕だけが興味を持っていて、向こうが関心を示さなければラウンドが終わってすぐ帰宅していたはずですよ。
いつも心掛けているんですよ、自分はどうしていきたいのかを。まずは踏み出す方向を決めること。それから踏み出すために体を前に傾けていること。それがきちんとできていれば、そういった出会いを掴めるんですよ。僕はよく引き寄せ力があるって人から言われるんだけど、本当に、必要な時に必要な人が来るんですよ。たまたまどっかの誰かにそれを言ったら、覚えていてくれた人が引き合わせてくれたりとかしますから。
――やっぱり日頃から意識していないと、そういう出会いをした時に、「あぁ、この人はすごい人なんだ…」ってそれだけで終わっちゃいますよね。
それに気付かないんですよね、心掛けがないと。僕もすべてにおいて完璧じゃない。でも、それが自分の事業に関することだったら一瞬の隙も逃さない。そういうことですよね。チェッカーモータース買収の時も、僕は運が良かったんですよ。たまたま掛かってきた電話だったけど、いま振り返るともしかしたらあれは口実で、買収してほしいっていう気持ちが当時の社長にもあったのかも知れない。チャンスをものにして、もちろんその後の計画性や行動力が必要になるわけですけど、僕はその電話の翌日に社員を連れてチェッカーモータースに乗り込んでいきましたからね。
■ 年間で1兆2000億円の無駄削減!? 日本の中古車事情は変わる
――南原さんはいままでも、きっとこれからも業界の風雲児として生きていかれるのだろうなという気がしてならないのですが、これからの自動車業界はどうなっていくとお考えですか?
これからは、中古車販売のほとんどにおいて個人売買が主流になりますよ。海外では中古車の半数以上が、既に個人売買なんですよ。でも日本ではまだそれは1%にも満たない。その原因は書類手続きが面倒だったり、個人情報漏洩の問題であったりするんだけど、そういう問題を一括で引き受けて個人売買を成立させる仕組みを僕はずっと描いていた。それがようやくカタチになったのが「AT-1ダイレクト」(エーティーワンダイレクト)。
QRコードが付いているステッカーを購入してもらって、売り手に車の情報を入れてもらう。年代とか走行距離とか。で、買い手は携帯電話でQRコードを読み取れば、その車の情報がその場で手に入る。
間違いなく、日本の中古車事情も変わるんじゃないかな。僕には見えるんです。今までとは違った中古車展示場のない日本が。想像して下さい。日本から中古車展示場が無くなればそこにある無駄が無くなって、車を置いているだけですり減っていく車の損失が無くなるんです、そうすると毎月1000億円の無駄が無くなるんですよ。1年で1兆2000億円の無駄が無くなれば蓮舫議員も苦労しなくてもすみますよね(笑)
――なるほど、様々な中間マージンを排除できるこのビジネスモデルは、車を売却したい側にとっても、購入した側にとっても大きなメリットが期待できますね。まさに日本の中古車ビジネスに一石を投じることになると思います。本日はお忙しい中、ありがとうございました。