ビジネスの世界で着実に進化を遂げてきたIT。
企業経営においても、この進化するシステムの恩恵を受けて、劇的な“見える化”を果たしてきた。
特に、結果を早く確認できるという意味のスピード化に関しては、ITの貢献が非常に大きいのは言うまでもないことだろう。
しかしながら一方で、「もしかすると退化しているのではないか」と思うことがある。それは、“人”の考える力だ。
ITがまだまだ経営に活用されていなかった頃は、当然のことながら収集できる情報も限られていた。よって、
「現在の状況はこうなってきているのではないか」
「お客さまのニーズはこんな感じで移り変わっているのではないか」
「次の商品はこんなものが求められているのではないか」
と、それこそ“人”の五感をフル活用しながら方向性を決めていたに違いない。
そこでは、「もしも自分がお客さまの立場だったら…」を徹底的に考え抜かなければならない場面も多かったはずだ。
ところが現在は、必要な情報の殆どを取得することができる。
「自社商品のABC分析」
「何が売れていて何が売れていないか」
「自社顧客のABC分析」
「どんな人が買ってくれているか」
「競合他社の売れ筋商品や主力顧客」
等々。
もちろん、それらの情報に基づいて改善を続けていけばそれなりの成果は上がるのかも知れない。
しかし、よく考えてみて欲しい。今の時代、そのようなアプローチはどんな企業でもやっていることだ。
情報そのものに独自性があれば、それを「そのまま」活用するだけで優位なポジションを獲得することができるが、
どの企業にも同じような情報があるとしたらどうだろう。
「そのまま」活用すれば、どこも同じようなことをやってしまうことになってしまわないだろうか。
皆さんもご存知の“iPad”。今は亡きスティーブ・ジョブズが先頭に立って開発し、大ヒットした商品だ。
しかし、当時の消費者調査を「そのまま」活用するような企業からは決して生まれなかった商品だと言われている。
あらゆる消費者調査結果から読み取れたのは、「DVDを観れるようにしたい」、「カメラ機能はあった方が良い」、「画面のタッチパネルは使い勝手が悪いから要らない」といったことが主流だった。
しかし結果はどうだろう。
初代“iPad”は、そのいずれにも対応していないが、新しい市場を創り出したかのごとく大きな需要を生み出すことに成功した訳だ。
天才ジョブズだから出来た。
そう言ってしまえば何もしなくて良いからラクにはなるが、果たしてそうなのだろうか。
ITの進化でいわゆる作業時間が効率化された分、本当は“考える”ための時間を確保しなければならないのに、
そこがまだまだ構築できていないと考えるべきではないかと思う。
「プロダクトアウトからマーケットインへ」
いわゆる「作っても売れない」モノ余りの時代を迎えてから、
より緻密なマーケティングを展開すべきということで言われてきた言葉である。
しかし、これは消費者ニーズを「そのまま」活用することでは決してない。
消費者から得られるのは、今あるものに対する意見でしかない。
自動車が無い時代に自動車を求める消費者はいないし、
ユニクロのヒートテックが無いときに極力薄くて温かいインナーを求める消費者はいない、わけだ。
当然ITを活用した“見える化”はどんどん進めるべきだ。
それによって得られるスピードには大いなる価値がある。
だが、その“見える化”によってもたらされるものは素材でしかない。
そのことを認識して、素材をもとに“考え抜く”組織こそが一歩先にいけるのではないだろうか。