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「女性モノならばピンクでしょ!」の落とし穴に嵌ってないか?

先日、ある経営者と食事を交えて打ち合わせをしていた。前回のプロジェクトは、ショップのコンセプトを決定し店舗へ落とし込んだ。この際のコンセプトはこうなりたいと言う類ではない。「こうなりたい」のようなものは規模や時間の値が大きいことが前提で、短期的にガツンと稼ぐような店舗をするには落とし込みが難しいと思う。

前回のプロジェクトでいうコンセプトとはターゲットの明確化とターゲットに対するタブーだけを決定したのだ。その経営者には「やらないことを決める」というのが腑に落ちたらしく、店舗への落とし込みだけでなく、業務においても「社長のやらないこと」を決定したというのだ。するとどうだ。店舗運営だけでなく商品開発や商品編集をうまくいきだしたらしい。

会話も一段落したところで、その経営者はこう切り出した「世の中の女性が本当に欲しがる商品は世の中にないということが分かった。」つづいて、「君はダサピンク現象という言葉を知っているか?」と問われたのだ。それは初めて聞いた言葉だ。「何を言っているのだ?ネットスラングかな?落ちはあるのかな?w」と訝しげな表情をしたと思う。経営者は「ダサピンク現象」について説明しだした。

「ダサピンク現象」とは、決して「ピンク=ダサイ」という意味ではなくて、
「女性ってピンクが好きなんでしょ?」「女性ってかわいいのが好きなんでしょ?」
「女性って恋愛要素入ってるのが好きなんでしょ?」という認識で作られたものの出来が
残念な結果になる現象。
※名付け親のブログより転載。
http://d.hatena.ne.jp/yuhka-uno/20141123/1416735993

「ダサピンク現象」の説明を受けて、私は納得した。私自身も商品開発の業務に幾度となく立ち会ったことがある。その際に色の決定も行ってきた。一般的に女性モノを企画するときに、先ずは無難にクロとシロを設定し、挿し色として「ピンク」を入れている姿を目の当たりにしたことがある。また自分自身も「挿し色でピンクは?」と今思えば恥ずかしくなる台詞を吐いたこともある。私自身も「女性ならばピンクでしょ?」のマジックに引っかかっていたのだ。ピンクといえどもマゼンタに近いピンクもあれば、ピーチに近いピンクもある。

一般的に女性は男性に比べて、色覚が発達しているといわれている。微妙な色の違いに敏感なのだ。加えて、型としてのデザインのベースを、色でデザインを収束させるにもかかわらず、適当にピンクを選択していたのだ。私は男性である。にもかかわらず、「女性向け商品はこうだろう?」と押し付けていたのだ。確かに色数を増やす(もしくは重ねる)ことで、在庫リスクは飛躍的にあがってします。どうしても無難な選択に落ち着かせたいのは理解できる。ただし、その無難な選択で売れたらの話であるが・・・

「ダサピンク現象」は女性向け商品に限った言葉ではない。広義に捕らえると、母集団ばかりを気にするとステレオタイプのものづくり(効率的という甘言に惑わされたものづくりともいえるかもしれない。)に流されことである。その流される大きな要因は本当のターゲットを理解していない連中(経営者や幹部たち)が片手間に口出ししてきたことにある。

以前、サンリオ社の幹部が

「俺はキティちゃんがバカ売れしていたバブル崩壊前のめっちゃいい時にサンリオに入って可愛いとはなにか…を考えながら皆でポムポムプリンやシナモンを生み出してきたけど、切り身ちゃんとかぐでたまの人気具合にもう何が可愛いなのかわからなくなってくる…」

とインタビューで答えていたことを思い出した。これはダサピンク現象を行わなかったからこその、ヒットだと考える。ファンシーキャラクターとはこうあるべきだという考えは現代には通用しないのである。「ぐでたま」を例にとってみる。

「ぐでたま」のキーワード は大きく分けて次の二つである。
【1】やる気のなさ
⇒「明日から本気出す…」「もうなにもしたくない…」の台詞が代表例。
【2】本音
「飲み会とかマジ無理…」「ゴールデンウィークずっと寝てたい…」の台詞が代表例。

この二つのキーワードは、現代、特にSNS社会となってから余計に気張っていないといけない女性に刺さったのである。このようなキーワードは正統はキャラクターにはタブーである。しかし、現代の環境とターゲットが望む物を考慮し、ステレオタイプに流されなかったから勝ち得た事例であるのだ。

ターゲットを明確化すれば、商品開発は順調にいく。確かにそのとおりである。しかし開発段階で、知らず知らずのうちに、 (大きな)母集団に受けるように作ってしまう。結果、テーマと中身が異なる商品が世に出されるのだ。母集団に流されないためにも、ターゲットに対するタブーを徹底的に設定し、落としこまなければならない。タブーを設定し、ニッチを狙うことは確かに勇気がいることである。しかしニッチなテーマを設定しにもかかわらず、仕様はステレオタイプに流れ、結果的に混沌とした商品になる。それでは売れない。

商品の売れ行きが不調の場合、誰が責任を取るのか?が言及される。とがった雨品の場合は、プロジェクトの責任者に追求が及ぶ。それは理解できる。だが、置きに行った商品(ステレオタイプに流された)の場合、責任は言及されないどころか、失敗がまるで空気になるのだ。ここで明確にしたい。ステレオタイプに流れていく原因を作るのは経営者や経営幹部なのだ。私もステレオタイプに当てはめてはないだろうかと自戒する。