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吉野家苦境の原因は値下げ合戦のみならず! すき家・松屋と明暗を分けた老舗ならではの事情

■ 牛丼業界を引っ張ってきた吉野家の不振

「牛丼、一筋(ひっとすぅじぃ)、80年(はっちじゅうね~ん)」

およそ30年前のCMですが、このメロディーが頭に残っている方も多いのではないでしょうか。

一度、経営危機を経験することはありましたが、その後見事に立て直して「牛丼」という市場を創り、牽引してきたのが吉野家です。「牛丼を食べに行こう」というときも、吉野家だけは「吉牛(よしぎゅう)食べよう」のように言われ、ある意味、消費者からブランド的な認知をされてきました。その背景には「やっぱり牛丼は吉野家がうまい」という一般的な消費者感覚が浸透してきたことがあるでしょう。

しかし、その吉野家が現在、不振に陥っています。2010年2月期の業績は、売上こそ1796億200万円と前年比3.1%の微増になってはいるものの、営業利益で▲8億9500万円と赤字に転落してしまいました。この数字自体は吉野家ホールディングス全体のものなので、牛丼関連事業以外の不振事業(寿司関連事業やステーキ関連事業など)も含まれています。

問題なのは、主力事業である国内吉野家の既存店売上が前年比8.4%減という状況になっており、それは来店客数が9.2%も減少していることに起因している点です。

362_2吉野家苦境の原因は値下げ合戦のみならず! すき家・松屋と明暗を分けた老舗ならではの事情

一方、業界大手のすき家と松屋は、吉野家と比較すると堅調な業績を上げています。なぜ牛丼業界にこのような変化が起きているのでしょうか?

■ デフレを象徴する牛丼業界、激化する価格競争

先日、吉野家は新メニュー「牛鍋丼」(280円)の発売を開始しました。280円という価格は、当然、業界最安値であるすき家の牛丼(並盛り:280円)を意識した価格設定です。

ちなみに、3社の2010年10月1日現在の牛丼価格(通常価格)は以下の表の通りです。

362_3吉野家苦境の原因は値下げ合戦のみならず! すき家・松屋と明暗を分けた老舗ならではの事情

吉野家は380円で、松屋よりも60円、すき家よりも100円高い価格設定になっています。昨年12月にすき家と松屋が価格の引き下げを実施した結果、このような価格差になっているのですが、その後もこの3社で値引きキャンペーンは続いています。

この値引きキャンペーン、実際の効果はどのようなものなのでしょうか?

362_4吉野家苦境の原因は値下げ合戦のみならず! すき家・松屋と明暗を分けた老舗ならではの事情

<2009年12月>すき家と松屋の通常牛丼価格引き下げ
・すき家の客数は前年比15.9%増、売上も1.6%増。
・松屋の客数は前年比6.7%増、だが客単価減少で売上は前年割れ。
・吉野家の客数は前年比24.9%減、売上も大きく減少。

<2010年1月>吉野家が期間限定で牛丼並盛り300円に引き下げ
・吉野家の客数は前年比9.0%減、12月よりは改善するも効果は限定的。
・すき家、松屋に対する影響も限定的。

<2010年4月>吉野家が期間限定で牛丼並盛り270円に対し、すき家、松屋は250円で対抗
・すき家の客数は前年比37.9%増、売上も23.2%増と大きく伸ばす。
・松屋の客数は前年比23.2%増、売上も6.0%増と前年越え。
・吉野家の客数は前年比3.2%減、売上も6.9%減と前年割れが止まらず。

この4月以降は、好調をキープするすき家、松屋に対して、客数減で売上が減少する状況をなかなか打開できない吉野家という流れが現在まで続いています。

また、もうひとつ注目したいのが客単価です。すき家、松屋は客単価をおよそ10%前後のレベルまで下げることによって客数を持ち直させることができたという見方が可能です。しかし、吉野家は値下げキャンペーンの時期でも客単価の下落は5%未満に留まっています。

そもそも、販売数における牛丼比率の高い吉野家の方が、値下げキャンペーンの影響を受けやすい(=客単価が下がる)はずなのですが、客単価はそれほど下がらないのが不思議なところです。

■ 吉野家とすき家の命運を分けた「ターゲット設定」と「牛丼へのこだわり」

特に躍進の目立つすき家は、一体何が秀でているのでしょうか。

まず、ターゲットについて考えてみましょう。

消費者の声を聞いてみると、「豊富なメニューで選ぶ楽しさがある」、「子どもを連れていける」といったように、これまでの牛丼チェーンとは異なるターゲット層を獲得していることがわかります。

とは言え、これは今に始まった話ではなく、もともとすき家は他の牛丼チェーンとの差別化を図るためにファミリーやカップルをターゲットとして意識していたようです。

だからこそ、「カウンター席だけでなく、テーブル席も用意する」、「駐車場のある郊外型店舗が多い」といった特徴があるのは必然だったのかもしれません。

男性向けといった従来のイメージから女性やファミリーまでもターゲットにしようという戦略は、結果として牛丼市場に新しい顧客層を取り込むことに成功したといえるでしょう。

また、すき家を後押ししたのが、もともと価格競争の激しい牛丼業界で切磋琢磨してきたことです。景気回復がままならず、消費者の財布の紐がどんどん固くなっていくなかで、既存のファミリーレストランよりも安く食べられる場所として認知度が高まったことが業績好調の要因ではないかと思われます。

次に、牛丼に対する「こだわりの強さ」についてはどうでしょうか。

吉野家は、「仕入れる牛肉はすべてアメリカ産のものでなければならない」、「なぜなら、それが吉野家のおいしさにつながっているからだ」と、商品に対するこだわりを徹底しています。

一方、すき家は、BSE問題が発生した際にすぐに牛丼の販売を停止し、その代替商品として豚丼を発売しましたし、オーストラリア産の牛肉で牛丼販売を早期に再開するなど、吉野家的なこだわりを持っていないように見えます。

ただし、「早く牛丼が食べたい」と思っている消費者にいち早く提供するために努力をしたという意味では、お客さま志向の面があると言えるでしょう。

この「こだわりの差」が、結果としてもたらしたものは何だったのでしょうか?

吉野家は、アメリカ産牛肉が解禁されたあとも、「仕入れ価格の高さ」と「量の確保」に悩まされることになります。もともと280円牛丼は、BSE問題前に吉野家が仕掛けた価格競争なのですが、それが不可能になるとともに、あまり売れ過ぎると牛肉の量が足りなくなるというジレンマを抱えながらの経営を余儀無くされてしまったのです。

一方で、すき家はゼンショーグループで一頭買いして必要な部位を分けるといった方法で、高いコスト競争力を持つことが可能となり、逆に280円牛丼を仕掛ける立場になりました。

■ 安さは本当に牛丼の最大のポイント? 「価格=価値」からの脱却が急務

最後に考えてみたいのが、「この牛丼業界において顧客に提供すべき価値は、低価格が最大のポイントになるのか?」ということです。

確かに、客単価を下げているすき家と松屋の客数が増加し、客単価を下げられない吉野家の客数が減少しているという事実はあります。やはり、国民の世帯所得が年々減少していく現状においては価格が重要なポイントであることに疑いの余地はないと思います。とは言え、低価格以外の価値を追求する視点がやや不足しているのではないでしょうか。

例えば吉野家は、好調なすき家をベンチマークとし、顧客層を拡大していきたいという意図のもとに、新メニューの開発などを強化しているようにも見えます。

競合企業の良いところを取り入れるのが悪いわけではありませんが、もともと吉野家の良いところであった「牛丼へのこだわり」に一致しないことを行うと、もっとも重要である戦略の一貫性が損なわれます。

「牛丼へのこだわり」が、極力少ないメニューでの勝負を可能にし、少ないメニューだからこそ狭い厨房でも営業でき、したがって少人数のスタッフで対応できるオペレーションが出来上がっていました。BSE問題前は、吉野家が外食産業における高収益企業として君臨していたのです。

吉野家だからこそ求められるのが、この「牛丼へのこだわり」をいかに今の時代に合致したカタチで消費者に提供するか、ということです。

例えば、吉野家がこだわりとしているアメリカ産牛肉がお客様にとってもこだわりとなっているのであれば、オーストラリア牛、和牛、等、産地ごとの牛丼を提供することで「新たな価値」を創造することも1つの手なのかもしれません。