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電子書籍端末「キンドル2」からチラつくアマゾンの凄味[マーケティング戦略・営業戦略]

(有限会社金森マーケティング事務所 取締役 金森 努)

アマゾン・ドット・コムが9日、同社が07年に発売した電子書籍端末の後継機を発表した。「Kindle(キンドル)2」。音声による朗読機能など、いくつかの新機能が搭載されたが米国のアナリストの評価は今ひとつの感だ。しかし、端末の評価よりも、アマゾンが電子書籍ビジネスに対して、一つギヤを上げて急加速させようとしている点に注目したい。そこには同社でしかできない戦略が隠れているのだと。
日本においては残念ながら電子書籍は全く発達していない。ソニーが発売したLIBRIe(リブリエ)は07年5月に生産中止。旧松下電器産業から発売されていたΣBook(シグマブック)は05年10月に生産中止。後継機であったWords Gear(ワーズギア)も昨年3月に生産を中止し、国内の電子書籍端末は全て姿を消した。

原因はコンテンツ不足だとされている。複雑に絡み合う権利関係の調整ができず、端末はあれども魅力的なコンテンツがないという状況が普及を阻んでしまったのである。

一方、そうした制約条件がクリアされている米国は全く状況が異なるようだ。

日本経済新聞09年2月10日夕刊で「米、電子書籍が急成長 主導権争い本格化」という記事が掲載された。記事によれば、07年に発売された初代キンドルの販売実績は、08年に50万台だったとシティーグループが推定しているという。

06年に国内では不振であったリブリエの姉妹機であるSony Reader(ソニーリーダー)発売を開始しているソニーは現状後塵を拝する形になっている。06年から08年11月までの累計出荷台数は30万台だという。<米国家電協会は電子書籍端末の市場規模が09年にはほぼ倍増すると予測。成長率は低価格パソコンを上回るとみている>という。ベンチャー企業も10年に市場に参入すると表明しており、この市場を誰がリードしていくのかはまだ分からない状況ではあると記事の論調である。
とはいえ、筆者としては圧倒的に「アマゾン有利」と考えている。「コンテンツを持っているから有利なのは当たり前」と言ってしまえばそれまでなのだが、その有利さが盤石に思える点が同社の凄さなのだと考えている。

コンテンツのチカラという点では、人気作家のスティーブン・キングにキンドル限定小説の配信を発表するなどの力業を用いている。しかし、その販促も配信を受けるユーザーあってのこと。同社が持っている力の源泉の一つは「顧客基盤」だ。

イゴール・アンゾフの成長戦略のマトリックスで考えてみる。このフレームワークは、横軸に製品、縦軸に市場をとり4象限を作って各象限毎に戦略の方向性を示す。既存の顧客に既存の製品をさらに販売する「市場浸透」。同じ市場に対し新製品を投入する「新製品開発」。製品は変えずに新たな顧客を取り込む「新市場開拓」。新製品を新市場に展開する「多角化」の4パターンである。

アマゾンが顧客にキンドルを販売するのはどのパターンにあたるのか。電子書籍端末という新商品を既存の顧客に販売することから、「新製品開発」によって成長を達成しようという戦略だと考えられる。

では、ソニーの場合どうか。同社の製品を購入している顧客ベースも持っている。その顧客に、新しいタイプの電子書籍用の端末を販売するのであれば、同じく「新製品開発」であったと考えられる。

アマイケル・ポーターがンゾフのマトリックスの各パターンの成功率を検証した数字がある。「市場浸透」の場合75%。「新製品開発」は45%。「新市場開拓」35%。「多角化」はM&Aで相手先企業のノウハウや資産を活用した場合35%、自社独自展開の場合25%。

こうして見てみるとアマゾン、ソニーとも45%とそこそこ固い手で展開しているように見えるのだが、4パターンの意味をもう一度考え直してみたい。

最も成功率が高いとされている「市場浸透」とは、既存の顧客に製品の使用度を高めさせたり、使用頻度を高めさせたり、新たな使い方をさせるなどして、さらに顧客の深掘りをすることだ。アマゾンは米国最大のネット小売企業であるが、やはり書籍において圧倒的な強さを持つ。「電子書籍」という新たな流通形態で、その端末を使った閲読方法を提案し、さらに顧客の需要を深掘りする。とすればそれは、「市場浸透」なのだ。
CNET News.comではガートナーのアナリストのコメントとして、今回のキンドル2へのバージョンアップの魅力を「モバイルセグメントのプロフェッショナルのようなユーザー層」にしか魅力的に映らず、一般消費者にはあまり価値として伝わらないとしている。それはそのまま、電子書籍及びその端末の普及に対する評価とも解釈できる。しかし、前述の米国家電協会の予測にある「市場倍増」から考えると、09年は普及の新たなステージに入ると考えられるだろう。

E.M.ロジャースの普及論で考えれば、08年までは電子書籍は「導入期」にすぎなかったのだといえよう。しかし、09年から「成長期」に移行するのではないか。導入期には、その製品の目新しさに惹かれる「イノベーター」が採用者であった。成長期には、その製品の持つ機能や価値をきちんと評価して採用する「アーリーアダプター」が動く。

そして、ロジャースによれば、そのアーリーアダプター層が動くと、その採用状況を見て一般人の中でも比較的新しいものへの関心が高い「アーリーマジョリティー」が続いて動くとされている。一気に高成長へ加速するのだ。

電子書籍の普及は既存の紙の書籍を圧迫する。まさかパピルスに文字を記してきて以来、5000年もの間人間が慣れ親しんだ紙を全く使用しなくなるわけはない。

しかし、流通の簡便性や価格の安さ、また、昨今の環境意識の高まりなどから考えれば大胆にシフトしていくことも考えられるだろう。その前提であれば、アマゾンとしては紙か電子かというメディアの違いへのこだわりは捨て、自らの顧客にコンテンツという商品をさらに深掘りして販売することを狙うだろう。物理的な「本」を売るというビジネスの転換を自ら加速しているのだ。

キンドル2に保存できる本は従来の7倍の1500冊分だという。アマゾンユーザーの多くは、ついつい数多くの書籍を注文してしまい、「積ん読」になる傾向が多い。物理的な本であれば保管場所の制約条件がつきまとうが、電子書籍であれば問題は解決する。毎月の書籍代も気になるが、印刷や配送のコストのかからないメディアであれば、価格も安くすむ。配信価格は現在、新刊で9.99ドルだという。

アマゾンは来るべき市場の転換に向けて、膨大な自社の顧客ベースに対して顧客の深掘り、つまり「市場浸透」を図るために自社のビジネスモデルをどんどん変えていこうとしているのだ。そこに同社の凄味がある。
導入期は製品の認知を高めるのが基本戦略だが、成長期ではシェアをいかに確保するかがキモとなる。アマゾンは製品戦略としては、製品仕様の向上を図った。プロモーション戦略の売り物は人気作家による専用のコンテンツだろう。マーケティングミックスの4Pで考えれば、チャネル戦略は自社そのものであるが、さらに配信に力を入れるだろう。

となれば、残るは価格戦略だ。キンドル2の価格は359ドル。決して安い価格ではない。しかし、さらにシェアを早期に確保しようと考えた場合は、低価格戦略でシェアを早期確保するという「ペネトレーション戦略」に転換するだろう。10年にベンチャー企業が参入してくる時には、キンドル2の廉価版をぶつけてくるかもしれない。

日本と全く市場背景が異なる環境にあるため、今ひとつリアリティーを持って受け止められないニュースであるが、このように考えていくと、電子書籍をめぐる戦いは、アマゾンが、アマゾンしかできない戦い方で大胆にリードしていくように感じられる。

圧倒的なリーダーの戦略に対し、チャレンジャーであるソニーやベンチャー企業の戦い方も、今後どうなっていくのか気になるところだ。海の向こうの戦いにも、今後注目していきたい。
(この記事は2009年2月25日に初掲載されたものです。)

【記事提供元】
INSIGHT NOW!(インサイトナウ)