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タイの現状リーポート ~今回のクーデターの背後にあるもの~ 【その1】

タイでは2014.5.22に、軍のクーデターが勃発しました。その背景と現状について、
現地のバンコック銀行やその他の経営者、現地の人から見聞きした情報をもとに、
タイの現状をお伝えします。

■タイの政治体制

タイは、現在、3つの勢力によって支配されている。

【1】タイ人-王族、軍、警察、司法など国の中枢を押さえる
もともと雲南省のほうからタイに米の農業技術を持ち込み、
スコタイ王朝からアユタヤ王朝をつくった民族。

【2】華僑-商業中心 支持母体は民主党(黄シャツと呼ばれる組織で現在の野党)
華僑勢力は、非常に貧しいところから商業を起こし、急速に勢力を拡大。
バンコクや南部に強く、1980年~民主党を支持母体として、
政権にも強い影響力をもつようになり、タクシンが出てくるまではタイの政治の中心であった。

【3】客家(ハッカ)-華僑の新興勢力であり、2001年にタクシンがタイの第31代首相に就任。
タクシンが出てきたことにより現在の与党になった。
客家とは、どこにいっても客人扱いされる、いわゆる嫌われ者という意味があるらしい。
そのため、もともとの華僑とも折り合いがわるかった。バックに華僑以外の新興勢力と共産党がいる。
タクシン派はUDD(=反独裁民主戦線=赤シャツ)を組織。

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■タクシン派が伸びた理由

現在のタイは、上記の3勢力のしのぎあいであるといわれているが、
2000年以降のタイの中心勢力であるタクシン派が伸びた理由を記載しておく。
タクシンは、当初、警察に入り、そこから通信会社の利権を得て、
その経済力をつかって政治家となる。
タクシンが一気に勢力を拡大させたのには、理由がある。

タクシンが実施した施策は大きく2つ。

・農村部や貧困層への対応-元共産党の知恵を借りて以下の施策を実施
  医療30バーツ(約100円)制度の確立、一村100万バーツ基金設立、農民債務3年猶予

・華僑や官僚がにぎっていた商業利権と人事権を剥奪
いわゆる政府の外郭団体をつくり空港事業、通信事業、金融事業などに予算付けをして、
これまでの旧勢力(華僑)もっていた予算権や人事権を崩壊させた。

この斬新で卓越した政治手腕は非常に高い評価を得ているものの、
その一方でワイロ政治と一族への利権誘導をしたことに対して、厳しい批判がなされている。

■2006年の軍によるクーデター

タクシンが失脚した大きな事件は、2006年にシンコーポレーションという会社を
タクシンが733億バーツで売却したが、このときに払った税金はわずか2万バーツほどだったといわれる。
これが公けの場に出て、脱税事件としてタクシンは失職。

その後、総選挙が行われたが、お金にものをいわせる選挙手法と農民層からの強い支持で、
再びタクシン派が勝利。これに民主党及び他の野党が猛反発。
今回と同じようなデモが起こり、タクシンがNYの国連総会に行っている間の同9月に
軍によるクーデターが発生。

この時、タクシン夫婦はイギリスに亡命
(亡命時には一説によるとスーツケース200個、
 現金で250億バーツ(約800億円)を持っていたとされている)
その後、軍による統治のもと、ワイロ政治脱却を目指す。

■2008年、再びタクシン派が勝つも違憲判決とデモにより民主党が政権奪取

タイは民主国家であり、4年に一度、総選挙が行われる。
そこで、2008年1月に総選挙が行われるが、お金のばら撒き選挙と農民施策により、
タクシン派勝利しサマック首相となる。同2月タクシンがイギリスより帰国するも、
今度は司法により、タクシン有罪判決が出て、同8月にドバイに亡命。

また、憲法裁判によりサマック首相は違憲判決による失職。
(司法はタイ人が押さえており、今回のインラック首相違憲判決による首相剥奪と同じ構造)

その後も黄シャツ(民主党)によるデモが続き、
同11月にはスワンナプーム国際空港の占拠。
12月には憲法裁判所によりタクシン派の人民の力党が解散に追い込まれれ、民主党が政権を勝ち取る。

■2009年からのUDD(赤シャツ=タクシン派)デモから内戦状態へ

これ対し、UDD(赤シャツ)側が反発し3月に大規模なデモを実施、4月のASEANN会議を妨害。
一時、デモが鎮圧されるも2010年2月に裁判所判決でタクシンの財産460億バーツ没収が決定。
この時、一部の銀行が50億バーツを保護し、その資金が赤シャツのデモ資金に回り
、再び3月から大規模なデモが発生。
同4月、軍が鎮圧にあたり、死傷者数千人が出る「暗黒の土曜日」事件が発生。
その後内戦状態に突入も5月治安部隊が投入され、UDD(赤シャツ)が解散。

■2011年7月 総選挙で再びタクシン派が勝利

2011年7月、4年に一度の総選挙で、またまたタクシン派が勝利。
8月にタクシンの妹であるインラックがタイとしては初めての女性首相に就任。
インラック首相はタクシンと上手に距離を置きながら、
同10月に起こった大洪水も先頭に立って収め、順調に経済を発展させ、高い支持率をえる。

■2013年 恩赦法案可決で事態が急変、今回のクーデターへ突入

2013年11月に下院で恩赦法案が可決される。
これは、暗黒の土曜日を支持した民主党のアクシット首相の無罪と同時に
タクシンも無罪にするという交換条件的な法案。
これに対して民主党が猛反発。黄シャツのデモが発生。
そこで、同12月に首相が下院解散、総選挙を表明。
選挙をすれば負けることがわかっている民主党は、選挙ボイコットを表明。
2014年1月に黄シャツがバンコク封鎖を開始。
2月に総選挙が行われ、タクシン派勝つが、同3月、憲法裁判所が選挙無効の判決。
同5月、憲法裁判所により、インラック首相の国家安全保障会議の事務局長人事を違憲判決し失職。
この後、政治混乱が続き、5月20日に軍が厳戒令、5月22日に軍が「クーデター」宣言。

■今回のクーデターを現地、日本社会はどうみているか

今回のクーデターも、現地は冷めており、またかという感じらしい。
日本企業にとっては、軍が統治してくれたほうが安定し、
軍は日本企業寄りの政策を実施してくれるため、歓迎とのこと。
前回の2006年クーデターは、バンコク市内にも軍が投入され、
空港閉鎖や軍による暴動鎮圧への発展など、非常に大きな傷あとを残した。

しかし、今回クーデターは、軍と民主党が巧みに連携しており、
UDD(赤)の幹部を事前に軍が拘束、インラック首相やその幹部も全て軍で拘束し、
暴動が起こらないよう、周到な準備のもとに実施されたようである。

実際、バンコク市内には、軍や警察の姿は一切なく、平穏そのもの。

ただし、夜間外出禁止令は厳しく、PM10時にはコンビニ含め、全店舗閉店。
外国人は、10時以降でも拘束されないという情報のもと、
町に少し出てみたが店は1件も空いていない状況。

公共交通機関はPM9時でストップ。バンコクの夜をご存知の方はわかると思うが、非常ににぎやか。
しかし、9時を過ぎると急速に活気がなくなる。商店の売上はおそらく2~3割ダウンすると言われている。

今後、UDD(赤)が、また大規模な抗議行動を実施する可能性もあり、
そうなると前回の例から空港閉鎖なども考えられるため、
UDDの活動には注目しておく必要があり、タイへの渡航は状況を見てすべきでしょう。

菅原 祥公
株式会社船井総合研究所 執行役員 上席コンサルタント
経営者・幹部様向け講演/デューデリジェンス
どのような企業にも必ず“存在意義”があり、常に“長所を核とした成長の 種”はある】をモットーに、企業の三宝である「理念やトップのビジョン・戦 略」、「マーケティング」、「人・組織・マネジメント」そしてその結果としての 「財務」といった各要素を多角的に判断し、事業全体のデザインを再構築し ていくことをテーマにコンサルティング活動している。株式公開をはじめ、 事業再生や事業承継がからんだ事業計画立案、M&A案件にも多く関わっ ており、現在、船井総研の経営戦略コンサルティング部門を統括している。 ○主な著書 「最新ビジネスデューデリジェンスがよーく分かる本」 秀和システム刊 「図解入門ビジネス 最新中期経営計画の基本がよーくわかる本」 秀和システム刊 「経営の極意」 総合法令 刊(船井総研社員との共著)などがある