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“あるべき姿“を具現化させるライフネット生命の持つマニフェストの効用

川原 慎也(2011/12/19)

経営戦略・事業戦略

■ 生命保険を“原点”に戻したい

「月々の支払い保険料を半額に!」
「保険金の不払いをゼロに!」
「保険を比較検討できるように!」

ライフネット生命保険株式会社は、既存の生命保険に加入している消費者から見ると「本当にそんなことが可能なのか?」とも思えるようなビジョンを打ち出して、2008年5月に創業したベンチャー企業です。創業当時、戦後初めて設立された独立系生命保険会社として、保険業界内のみならず注目を集めました。

創業者の一人である出口治明・ライフネット生命保険社長は、生命保険業界のリーディングカンパニーである日本生命に長く勤めた経歴があります。

日本生命では経営企画を担当しながら、生命保険協会の初代財務企画専門委員長として、金融制度改革・保険業法の改正に大きな役割を果たしましたし、ロンドンの現地法人社長、国際業務部長、といった重要なポストを任されていたという、言わばエリート街道を歩いてきた方です。

先日、運良く出口社長と対談できる場を設けていただいたときに尋ねてみました。

「恐らく、さまざまな企業から好条件のオファーなども無いわけではなかったと思われる出口社長が、なぜ、還暦を迎えるタイミングで、しかもベンチャー起業の立ち上げに踏み切ったのでしょうか? また、それは日本生命にいるときにはできなかったことなのでしょうか?」

すると、こんな答えが返ってきました。

「初めてお会いする方から、いつもそのような質問をいただくのですが、何か事を興そうとするときに年齢など全く関係ありませんよ。私の場合は、たまたまそのタイミングが60歳だっただけのことです」

「また、生命保険を元の正しいカタチ、つまり“原点”に戻したいと本気で思っていました。生命保険は生活者の『ころばぬ先の杖が欲しい』という希望から生まれてきたもので、生命保険会社という制度が先にあったのではない、これが“原点”です」

「今や20代30代の方々はなかなか所得が上がらない状況ですよね。生命保険を契約しようとしても、その人たちには高いしわかりづらい。契約すれば生活費を切り詰めなければならない。そのような不安な環境が少子化の要因にもなっていると思うのです。

だからこそ、保険料の半額は必ず実現したいことでした。既存の生命保険会社では、長年築き上げてきたビジネスモデルがあるため、実現させるのは難しいでしょう。だとすると、自ら会社を立ち上げるしかない。全ては必然だったのだと思います」


■ “原点”に戻すためなら業界常識は関係ない

皆さんもご存知の通り、生命保険の販売は、長らく販売員を介したFace-to-Faceの営業手法によって成立していました。

その理由はいくつかあります。ひとつは、購入者のライフステージや年齢によってさまざまな商品を組み合わせて販売するというやり方を採っているため、消費者からみると非常にわかりづらいという商品上の特性があるからです。

また、一度契約してしまうと容易にブランドスイッチしづらい商品でもあるため、学生から社会に出てくる人たちを競合他社に先駆けて獲得するためには、大量の販売員による人海戦術が合理的だったという背景もあるでしょう。

私たちが毎月支払う保険料は、わかりやすく言うと“原価”と“手数料”で構成されています。

この“原価”の部分は、専門的には“純保険料”と呼ばれ、保険金や給付金の支払いに充てられます。“原価”についてはどの保険会社であっても差がつけられないのです。

一方、“手数料”の部分は、専門的には“付加保険料”と呼ばれ、保険会社が得ることのできるお金になります。

既存の大手生命保険会社は、全国各地に支店があり、たくさんの販売員が働いており、その費用を“手数料”部分に反映させなければなりません。

一方、ライフネット生命は、支店も販売員も置かずにインターネットのみで販売するというビジネスモデルになっているため、“手数料”部分に加算しなければならない料金を低く設定することができ、結果として保険料半額を実現することができたわけです。

「人海戦術こそがもっとも合意的な販売方法だ――」。こうした固定概念から脱却できずにいる生命保険業界に、風穴を開けたのがライフネット生命なのです。

ライフネット生命は、業界に先駆けて保険料の内訳(“原価”[純保険料]+“手数料”[付加保険料])を公表しました。当時、内訳を公表することは業界内ではタブーであり、波紋を広げました。

しかし、これも将来的に消費者が複数の会社の保険を比較検討した上で意思決定できるようにするための布石だと考えると当然のことだと思います。ゆくゆくは、情報開示できない企業の方こそが消費者の信頼を得られないような状況に変わっていくのではないでしょうか。

また、一時期大いに問題視された保険金の不払いに対して「不払いをゼロに」を掲げています。これに関しても、保険金請求に必要な書類が到着してから支払いまでを3日以内にするという目標を、高い確率で達成しています。

創業3年の新しい会社なので、真の評価は今後の実績によって判断するべきことですが、恐らく高い評価を得られるのではないかと思います。


■ 創業前に徹底議論して完成した“マニフェスト”

掲げたビジョンを実現してきた原動力として、出口社長の生命保険に対する想いの強さがありますが、もうひとつ見逃せないものとして“マニフェスト”があります。

ライフネット生命のホームページにも掲載されていますので、是非実際に見て下さい。

『「生命保険はむずかしい」そう言われる時代は、もう、終りにさせたい』という言葉の下に、第1章「私たちの行動指針」、第2章「生命保険を、もっと、わかりやすく」、第3章「生命保険料を安くする」、第4章「生命保険を、もっと、手軽で便利に」という構成で作られており、各章に5~7つの実現することが記述されています。

このマニフェストは、創業前に出口社長と岩瀬大輔副社長の2人が、「何の為に会社を立ち上げるのか」「本来生命保険とはどうあるべきなのか」「その本来あるべきを実現するためにどうするべきなのか」といったことを、徹底的に議論を尽くして作られたものです。

ライフネット生命のマニフェストは、「お客さまに対する約束」であり、ライフネット生命で働く社員が仕事をする上での「価値基準」、「判断基準」という役割をも果たすものです。

お客さまとの約束を具体的に定義することができれば、その約束を果たすためにやるべき仕事は何かを明らかにすることができます。約束を果たすためにやるべき仕事が定まれば、効果的にその仕事を行なうためのあるべき組織体制を作ることができます。

また約束につながらない仕事に関しては徹底的に効率化を図る、あるいは場合によっては止めてしまうといった思い切ったマネジメントを可能にします。

加えて、そのやるべき仕事をやって結果を出す社員を評価するような評価制度も作れます。実際に、現在在籍する約80名の社員の評価は、このマニフェストに則って行なわれているようです。

事業にかける想い、つまり“創業原点”を具体的なカタチ(マニフェスト)に落として、お客さま、社員への浸透を図る経営手法は、本当に素晴らしいと思います。

だからこそ、生命保険とは「本来こうあるべき」という想いで掲げたビジョンを着々と実現できているのではないでしょうか。


■ 歴史から学び経営に活かす“99%は成功しない”の精神

出口社長との対談で印象に残ったのは、歴史を相当勉強されているということです。

例えば、著書の中で「強く願ったとしても99%は成功しない」といった意味のことを書かれています。経営者であれば、どちらかというと「諦めなければ必ず成功する」といったフレーズを好まれることが多いこともあり、なぜそのようなことを書かれるのか質問したところ、こんな風に答えてくれました。

「この長い歴史を振り返ってみても、実はほとんどのことは失敗に終わっていますよね。それが歴史から学べる事実です。大手企業だと社長になれるのは1%もいませんよ。でも一方で、願わなければ絶対に叶わないことも事実ですよね」

事実は事実として正しく捉えながらも、挑戦することこそが大切で、例え失敗したとしてもそれが普通だからまた挑戦すれば良いのではないか、という意味に受け取りました。

また、こんなお話もされていました。

「“失われた20年”とか言われたりしていますが、これも歴史的観点で捉えると戦後の50年がやや異常な時期で、現在が普通の状態だと考えるようにしているんですよ。もちろん、過去を総括することは大切なことですが、明るい未来を創るために日本は今何をすべきか、を考えることがより大切ですよね」

今年中には順調に伸びてきた保有契約件数が10万件を超えると言われているライフネット生命。正しく“考える”ことで「本来こうあるべき」を実現していく経営に今後も注目していきたいと思います。

◆◇◆ 執筆者プロフィール

川原 慎也 (カワハラ シンヤ)

船井総合研究所 シニアコンサルタント
戦略コンサルティンググループ 部長

1998年船井総合研究所入社。1兆円以上の大手企業から社員3名の零細企業に至るまで、企業規模や業種業態を問わずに戦略実行コンサルティングを展開するという同社では異色の経験を持つ。
「視点を変えて、行動を変える」をコンセプトに、戦略策定段階では「お客さまとの約束は何か」から「約束を果たすためにやるべき仕事は何か」を考え抜こう、計画策定段階では「計画が頓挫する可能性の対処策」を考え抜こう、実行段階では「勝たなきゃ組織一体化しない」から“勝ち”を積み重ねる階段を考え抜こう、と経験に裏打ちされた“視点”への刺激が散りばめられる。
最近は、「営業戦略の落としどころは営業マンの行動配分」、「断れない提案」、「新規開拓一点集中」、等の“視点”の提案を始めている。

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